体調不良を謝らなくていい
子宮や卵巣というのはいろいろ起こりやすい臓器なのだろうか。私がこれまでもらった病名だけでも、子宮内膜症、子宮筋腫、卵巣嚢腫、そして子宮内膜ポリープがある。最初の3つは決して珍しい病気ではなく自然治癒したものもあるが、ポリープは全身麻酔で切除する事態となった。
手術を受けたのは今から10年近く前、33歳のときだ。3泊4日の入院を経て、退院後は1週間の安静生活である。もちろん仕事は休んだが、なにせ週3のパート勤務、それも大半の時間が暇な仕事のため特に問題はなかった。もし当時フルタイム正社員として働いていたら術後間違いなく無理していたと思う。次から次へと起こる身体の不調に、正社員で働くなどますますもって無理だと思った。
その後1年ほど非正規のパート仕事を続けるも、以前書いたようにビジネスの世界に戻りたい気持ちが膨らんだ。健康に自信はなかったが、仕事の楽しさをもう一度味わいたかったし、何よりも経済的にちゃんと自立していたかった。そうして再就職活動を始めたものの、やはり不安なのはPMSと片頭痛である。
前回書いたように当時片頭痛の対策は取っていた一方で、当時PMSに対しては無防備だった。かつては服用していた漢方薬は、その後抗うつ剤など薬が増えるにつれ止めていた。そもそも漢方薬は1日3回、空腹時に服用しなければならず、よく飲み忘れてしまう。暇な時間は潤沢にあったので何か手軽かつ有効な手立てはないかと色々調べてみると、低用量ピルが効くらしい。服薬は1日1回で済む。どうせ手術後の経過観察で月に1度は婦人科に行っているのだしと、処方を頼んでみることにした。
すると医師からは頭痛専門医の了解を取るようにと言われた。片頭痛患者はピル服用に慎重になるべきだという。そこで脳神経外科で相談すると、私の年齢や症状では問題ないだろうとのこと。実際に飲み始めてみると私には合っていたのか、驚くほどPMSも生理も楽になった。
その翌年、私はサンフランシスコで職を得た。渡米後は環境変化で片頭痛の頻度が増えるかと思いきや、意外と頻度そのものは減った(といっても1週間に1度はあった)。これは素人の推測でしかないが、日本のように頻繁に低気圧がやってこない天候が改善要因の1つではないかと思っている(1年目の4月から10月まではずーっと晴れていた)。ただ、片頭痛の質が変化した。発作の数時間前に言語を問わず言葉が出づらくなり始め、30分ぐらい前には視界にゆらぎやギザギザの線のようなものが現れるようになったのだ。
これらは片頭痛の前兆であり、特に後者は閃輝暗点という。こうした前兆を伴う片頭痛患者のピル服用は、脳梗塞などのリスクを高めるため日本では禁忌とされている。それを知っていた私は少し怖くなり、日本で多めに処方してもらったピルが底をついたタイミングで現地の婦人科にかかった。そしてピル服用の継続是非について相談すると、当地の医師の答えはこうだった。
「たしかに前兆を伴う片頭痛患者がピルを服用すると将来脳梗塞リスクが高まる。しかし、ピルを服用すれば目の前のQOLが上がる。どちらを優先するかはあなただ。あなたの人生だから」
判断を委ねられた私は正直、困った。しかしそれも一瞬のことで、結局その場で私が選んだのは目の前のQOL向上だった。せっかく得た希望の仕事なのに、前みたいに体調に邪魔されてはたまらない。将来のリスクを負ってでも毎月のPMSはなんとかしたかったし、当時の私は仕事を優先したかった。
その後処方されたピルはなかなか相性が合わず、副作用が出ては違うものを試すということを繰り返したが、薬が決まるとそのあとのプロセスは劇的に楽だった。というのも、毎月ピルが切れる頃、指定したドラッグストアの窓口に次の月の分が勝手に届くからである。薬の到着はテキストメッセージで知らせてくれる。私は会社近くのドラッグストアを指定し、昼休みにさっと取りに行っていた。仕事のために健康面をあれこれ考える負担が大きいなか、ピルのために定期的に病院にかからなくて済むだけでも助かった。
薬だけでなく食生活にも気をつけながら(グルテンフリーに変えたのはこの頃だ)健康マネジメントを行ってはいたものの、それでも体調不良で会社を休んだり早退したりすることはあった。ただ、当時働いていた会社では体調不良で休む人が珍しくなかった。激務だからというわけではない。日本で勤めていた会社のように、具合が少々悪いぐらいでは休まないという風潮がなく、皆遠慮なく休んでいた印象だ(ちなみに有休は無制限にあったため、有休日数が減る云々を心配する必要はない)。また当時のオフィスマネージャーは「体調不良で休むことを謝る必要はない」とも言っていた。
そんな様子に、正直私は拍子抜けした。そして鉄壁とも思えた「体調不良も仕事のうち」の価値観にはじめて小さなひびが入った。
もちろんアメリカでもプレゼンティーイズムの問題はあるし、私が勤めた企業は1社だけだから一般化はできない。それでもこの経験から推測すると、そもそも職務範囲と責任を明確にする雇用形態だからこそ、やることをやっていれば休んでもOKという価値観が日本に比べて強いのかもしれない。逆にいえば日本ではメンバーシップ型だからこそ、「組織の一員として機能しない罪悪感」があったのかもしれない。
体調の悪いときには在宅勤務を利用することもあった。2017年頃の当時まで私はリモートワークを行った経験がなかったのだが、いざやってみると家で休息を取りつつオフィスで働く人たちと仕事ができる環境は大変ありがたかった。「体調のせいで会社に行けない」という状況がストレスにならず、体調に不安があっても環境次第で活躍できることを知った。
アメリカでの仕事を通して、私はそれまでとは異なる価値観に触れ、新たな働き方を知り、キャリアを積む自信を得た。それは揺らぎやすい体調を抱える私にとって、大きな希望の材料となった。(つづく)
(Image by Daria Nepriakhina 🇺🇦 from Unsplash)
次の記事:
前の記事:
関連シリーズ: