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英日翻訳『グレート・ギャッツビー』の和訳を比べてみる:1

作家の村上春樹さんは出版翻訳も多く手掛けているのは有名ですよね。
村上さんはF. Scott Fitsgeraldの『The Great Gatsby』も翻訳されています。

手元に、原作本(講談社英語文庫)と、日本語版『グレート・ギャツビー (野崎孝訳・新潮文庫)』と、日本語版『グレート・ギャツビー(村上春樹訳・中央公論新社)』の3冊があるので、原文をランダムに抜き出して2人の訳者による異なる和訳を比較して私見を述べたいと思います。

今回はCapter1の冒頭の箇所。

<原文>
In my younger and more vulnerable years my father gave me some advice that I've been turning over in my mind ever since. 

<和訳A:野崎さん>
ぼくがまだ年若く、いまよりもっと傷つきやすい心をもっていた時分に、父がある忠告を与えてくれたけど、爾来ぼくは、その忠告を、心の中でくりかえし反芻してきた。

●私見●
なるほど、とても原文に忠実に訳されていますね、と一見して思ってしまいますが、果たして自分が和訳をするときに、このようなしっくりきてかつ自然な和文が浮かんでくるか?というと、決してそうでもありません。ですので、さすがはプロの翻訳者さん、そして出版されている訳文だけある、と思わずにいられないうまい訳し方です。

vulnerable:弱い、脆弱な
IT業界ではよく「vulnerability : 脆弱性」という単語が使われます。

more vulnerable years
これを「いまよりもっと傷つきやすい心をもっていた時分に」と訳したのはお見事としか言いようがありません。
英文ではこの比較級を用いた表現をよくみかけます。機械翻訳などでは「より●●(形容詞)」と訳されますが純文学の出版翻訳ではさすがにそればかり繰り返すのではNGですね。

今、機械翻訳とたまたま書いて思いついたのですが、これをインターネットの機会翻訳にかけてみたらどんな日本語になるでしょう?
やってみます。

<機械翻訳A : DeepL> 
若くて傷つきやすかった頃、父が私にくれたアドバイスが、それ以来、私の心の中で繰り返されている。

●私見●
ふむふむ、悪くないですね!でもかなりあっさりしている印象。やはり文芸書としては物足りないかな。

<機械翻訳A : Google翻訳> 
私が若く、傷つきやすかったころ、父が私に与えてくれたアドバイスは、それ以来ずっと私の心の中にありました。

●私見●
こちらも悪くないですね。今思いましたが、こういった有名な小説は原文と和訳を合わせて機械翻訳のトレーニング材料としてすでに学習させている可能性が大ですね!なので当然といえば当然の結果なのかもしれません。

<和訳B:村上さん>
僕がまだ年若く、心に傷を負いやすかったころ、父親がひとつ忠告を与えてくれた。その言葉について僕は、ことあるごとに考えをめぐらせてきた。

●私見●
キター!この後半部分、さすがですよね~。

turn over :ひっくり返す という意味があります。
フライパン料理で例えば、お好み焼きをひっくり返して裏側を焼く、などの時に「turn over」と使いますね。

some advice that I've been turning over in my mind ever since. 
忠告を(お父さんから)もらって以来(ever since)、心のなかで(in my mind)turning overしてきた。

 turning overの訳のみ比べてみると、
野崎さん:「繰り返し反芻してきた」
DeepL:「(心の中で)繰り返されている」
Google翻訳「(心の中に)ありました」
村上さん:「(ことあるごとに=ever sinceとhave beenのニュアンスを個々に入れてますね)考えをめぐらせてきた」

字幕翻訳では、字幕で表せる字数がセリフの長さによって厳しく制限されているので、英語すべてを訳出できないため、「それってつまりどういうこと?」と考え、英語セリフが言わんとしているエッセンスを抜き出して自然な日本語にする、という作業をします。

つまりもし字幕翻訳だった場合、ここでも「それ以来、父のアドバイスをturning overしてきた」ってどういうこと?と考えます。その最適解がまさに村上さんの「ことあることにその言葉について考えをめぐらせてきた」という解釈と表現になりますよね!みごとに原文のエッセンスを抜き出して、自然な日本語で表現されています。

またもう1つここで重要なのが、村上さんは、some advice thatという関係代名詞の箇所で「そのアドバイス=忠告」を「その言葉について」と言い換えている点ですね。

これで、読者は「え?その言葉って、どんな言葉?」と興味を惹かれます。

そして続く原文では、お父さんの忠告の内容が書かれているのです。
これは、村上さんが、全体の流れを作るために(次にお父さんの言葉の内容がダイレクトに書かれている箇所へスムーズにつながるように)した工夫と言えると思います。

映像翻訳でも、原文のセリフをすべてを訳出できないとき、どの情報を捨てて、どの情報を訳出すべきかを常に問われます。
その時、次の流れや、今後の流れをスムーズにする目的にそった情報を拾いあげるのが鉄則です。

以上、物語のvery beginning(最初の1文)だけですが、原文と訳文を複数比べてみたら、いろいろな学びがありました!

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