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大嫌いなわたしは、悲しくなるくらいわたしを愛してくれていた

こんにちは、ゆみです。

タイトルから、なんのこっちゃと思うような話なのかもしれないですが、なんだかちょっと恥ずかしくなるくらいの、わたしの話をしたいなと思っています。

ああ、もう書く前から涙が出そう。

でも、これを書かないと多分前に進めない気がするから。

今のわたしの一番ドロドロしたところを出していきたいなと思っています。

数年前、兄と電話で話をしたときのことです。

兄に言われたのは、「お前のノート見たよ」

の一言でした。

最初なんのことかわからなかったけれど、少し考えて「ああ」と思い出しました。

わたしは、実家にいたときに、悩んでいることをノートに色々と今の感情を書きなぐる癖がありました。

悲しい気持ちや怒りの感情が湧いたときに、ぐちゃぐちゃになるくらいノートを負の感情で埋めていた。多分ここに書けないくらいの悲しみと苦しみをずーーーーっと書きなぐっていました。

小学生の頃に、標的になって無視をされるいじめのループに入ってしまったとき。
中学生のころに、男子からここには書きたくないようないじめを受けたこと。

先輩に呼び出されて、みんなを守るつもりで先輩に反抗したら、みんなに「自分勝手」と言われたこと。

高校生になって、大人になって、落ち着いてからはとトラブルは減ったけれど、社会人になってからもずっと人間関係難しすぎると悩んでました。

そして、ずっと、誰にも言えない、どうしようも処理できない感情を自分の中に飼っていました。

そんな、わたしの負のドロドロしたものをそこまで仲がいいとは言えない兄に見られてしまった。

いや、恥ずかしくないか恥ずかしいかでいうと、まぁまぁ恥ずかしい。

ぼんやりそんなことを思ってたら

「お前、しんどかったんやな」

と兄から一言。

そんなことを兄から言われると思ってなかったわたしは、うっかりぽろり( ;  ; )

そもそも、そんなノートの存在なんて忘れていた。

正直なんて書いたか覚えていないけれど、まぁひどいことがきっと呪いのように書かれていたのかもしれないなと思う。

当時のわたしは、世界を呪っていたのだから。
 

昔、わたしはわたしのことが大嫌いでした。

わたしは昔の写真が、あまり残っていません。

なぜかというと自分の顔も姿も性格もすべて大嫌いだったから。

自分の写真は昔、破って捨てました。

ネガも全部捨てちゃった。

どんな衝動だったかすら、もう忘れたけれど。

特に小学生のころや中学生のころなんてときは、ほとんど自分がどんな姿を表情をしていたのか思い出せないくらい写真が残っていない。

沢山捨てました。

わたしはわたしのことが嫌いでたまらなかった。

大嫌いだった。 

うまくやれないこと、消えてしまいたいくらい辛かった。

顔も見たくないくらい、わたしはわたしのことが嫌いだった。

今、思うと本当にごめんなさいって思う。

写真が残っていないことを今はさみしく思う。

申し訳ないって思う。

辛いことがあったことを、本当はもうわすれたかった。

当時のわたしの存在なんて消してしまいたかった。

きっと立ち上がるには、それくらいしないと立ち上がれなかった。

今のわたしは、それをほんの少しだけ後悔します。過去の思い出も楽しかったこともあったはずなのに、思い出すことが難しくなるから。

それでも、コーチになって、自分自身に深く向き合うようになって、なんだか気づいたらクライアントの役に立てるようになって、自分のことを好きになれる部分も見えてくるようになった。

いま、わたしがクライアントさんにお役立ちできらのは、当時の情けなくて辛い思いをしたわたしが生きることをきめてくれたらから。

悲しむだけじゃなくて、今の自分を思いっきり変える決断をしてくれたから。

当時のわたしがちゃんとわたしに向き合ってくれたらから、乗り越え方をわたしに教えて続けてくれたから。

ノートに書き殴りながら、世界や周りを呪ってた。
なんでわたしがこんな目に合わないといけないのだと。
どうして、こんなに世界はわたしに優しくないのだろうと泣きながら書き殴って泣いていた。

世界がわたしに優しくないなら、生きるなと、幸せになるなと世界がわたしに言ってくるなら全力で抵抗してやると

諦めてますたまるものか、

と足を踏ん張って生きることを決めてくれた。

じゃあ、生きる場所を探すためにひたすらもがいてくれた。感受性が強くなって共感性も高くなった。

仮に100億円渡されても全てこの経験が0になってしまうのであれば、絶対にわたしはわたさない。

それくらいのわたしは大切な経験をしてきた。

いま、わたしはその経験から見えている視点をクライアントさんに伝えることができるなと感じるんです。

同じ体験をして欲しいわけではないんです。

コーチングスクールで学ばなかった、人と人の間の中で生きる葛藤と愛おしさ、そして乗り越えていくための力は全てわたしの経験から来たもの。

過去の大嫌いだった、辛い思いをしてきたわたしはずっと、今の私を支えてくれていたのだと少しずつ思えるようになってきました。

それでも、過去は否定して新しい自分になるんだと決めたあの頃のわたしに、なんてことしたんだという気持ちを持たなくはないです。

そして、今もそのときのわたしが確実にまだいます。

ただ、過去は肯定できるようになる。
それが今の自分の支えになってくれること。
そして、時が来たら愛してくれていたことにきづくこともできます。

セラピーを学んでいた時に、講師の方から過去ののわたしに問いを投げてみましょうと言われて、一つの問いを投げてみたことがあります。


「あなたの役割はなんだったの?」と。

「あなたを一人にしないためだよ」という意外な答えが帰ってきました。

きっとあのままのわたしだったら、前に進めないのを知っていたから。このままじゃ一人になるということをわかっていた。

だから、ひとりにしないために。

ひとりにならないように。

あの頃のわたしは、わたしを悲しいくらいに愛してくれていた。世界からわたしを守ろうとしてくれていた。

ずっとひとりで苦しかった。


あの頃のわたしへ。

いまね、もう寂しくないんだ。

あなたにはたくさん大切な人ができます。

苦しそうな時に声をかけてくれる人、わたしが間違えたとき心から怒ってくれる人、わたしが泣いていたら一緒に泣いてくれる人、連絡をくれる人、一緒に未来を考えてくれる人。

そして、あなたが大切にしたいとクライアントに出会えるようになります。

あなたは、その人たちが前に進むことをサポートする仕事をするようになります。
たくさん感謝されるようになって、「こんなに楽しい仕事があるんだ」と感動するようになります。

その仕事をもっと頑張っていくためには、もっとクライアントに役に立っていくためにはあなたは過去の隠してしまった自分に向き合わなければならなくなります。

それはめちゃくちゃしんどいことでした。

それでも、一つひとつ乗り越えられます。


本当にたくさんの大切な人ができます。

そして、なによりもあなたは、あなたを好きになれるよ。
わたしがあなたの存在に気づいたように。たくさんの自分の支えがあったことに気づいて、あなたは自分のことがちょっとずつ好きになってきます。
嫌いなところもまだあります。

でも、もう全部捨てなくて良くなりました。
全部みないふりしなくて良くなりました。

あなたを抱きしめに来れるようになりました。

待たせてごめんね。

だから、怖がらなくて大丈夫。

一緒に未来は作ろう。

大嫌いで大好きなわたしへ




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