【小説レビュー】『黄昏のために』北方謙三
見た事ない表紙の北方作品があるなぁと思い、手に取って1ページ目を読んでみたらそこに私の敬愛する北方謙三がいた。表紙から察していたけど、現代モノだ。久しぶりに自分の知らない現代モノの北方作品を見つけた!と思ったら、後で知ったが氏の14年ぶりの現代モノの新刊だった。
この作品の主人公は、画家だ(説明するまでもないかもしれないが、北方作品なので当然男性である)。なるほど、ハードボイルド的な殴り合いやドンパチやカーチェイスはなさそうだ。でも私が北方作品に期待する世界観がちゃんとそこにある。ハードボイルド作品じゃないけど、北方作品には濃厚なハードボイルド色がべったりついている。
私はとにかく北方謙三氏の文体が大好きで、簡潔でスピード感のある読み心地を楽しむのだけど、この作品はいつにも増して説明せず、早足すぎるとすら感じた。その理由は、これも読後に知ったが原稿用紙15枚の掌編という縛りで連載をしていたためらしい。事情があったのか個人的な試みだったのか背景はわからないけど、個人的にはもう少しだけゆっくり歩いて欲しいかなと思った。ただ、これも前半は早足すぎると思っていたのに中盤ぐらいからは何の違和感もなくなっていたので、読み手がスピード感に慣れたのか、書き手が15枚分のペースを掴んだのか、いずれにしても上手くできている。
主人公が、世間からある程度の距離を取り、自分の得意分野で余裕で食っていける才能があり、ドライだけどどこか優しく、しかし物語が進むと極端な部分がむき出しになっていく感じが、北方作品の王道って感じで良い。ファドや、ヒュミドールに入ったハバナ産の葉巻や、恥毛の濃い女性や、酒や料理へのこだわりや、バーや、外車や、慣れ親しんだ北方作品の構成要素がたくさん登場するのも嬉しい。
物語の中で、画家の主人公がそうとは知らない通りすがりの人などに、その場で描いた絵を褒められるシーンがいくつかある。それはいかにも画家に起こりそうな日常という良いシーンなのだけど、もしかして北方先生は素人目にも上手さがわかりやすい画家という職業をちょっと羨ましく思っているのだろうかと、ほんの少しだけ思ったりした。
『黄昏のために』 3.5