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語られることで価値は”見える化”する

フランスからのお客様さまに井波をご案内する機会に同行した。

井波は警報レベルの大雪まっただ中。
ここ数日で降り積もった雪と、一晩でグンと積もったそのカサに朝からどこか気持ちが落ち着かずにいた。

夫の四駆ジムニーで工房まで送ってもらい
「この雪でも四駆は無敵やね~」と言いながら
夫は道路のわだちを、わざわざクネクネと踏みつけながら車を走らせる。

普段送ってもらうことなどもちろん無いのだけど、この大雪で車を停める場所のことをアレコレ考えるより送ってもらったほうが安全という、
それくらいのレベルで雪が降り積もっていた。
そんな日だった。

お客さまを宿泊先へ迎えに行った父が無事に井波にたどりついたことにまず安堵して、時おり見られる晴れ間が”だいじょうぶ”と思わせてくれた。


八日町通りから瑞泉寺へ


瑞泉寺山門の唐戸

建築に携わるお客さまならではの問いと
それに答える職人である父の視点
井波に精通する方の通訳
そのラリーを聴いていると、本当に勉強になる。

そして、この大雪すらも美しさと尊さに変換してしまう瑞泉寺の佇まいに、心が洗われた。

雪景色を借景にした瑞泉寺の手狭み彫刻(たばさみちょうこく)


井波をアテンドしていて改めて思うのは
ものづくりにおける環境や機能、人も含めた魅力がとてもコンパクトなエリアに集結しているということ。
これは本当に価値のある資源だし、活かし方次第で人が感じる「豊かさ」につなげられる可能性が大きいということだと思う。

国内外の銘木がならぶ野原銘木店
wood paradise!!


どこの地方にも立ちはだかる少子高齢化と人口減少。それにともなう後継者や担い手不足という課題は、井波も当然該当する。

しかしながら井波には、まだそこに大きな”チャンス”があるという事だ。
そのチャンスはまさに長い時間をかけて積み重ねてこられた先人からの恩恵があるからこそ。だから、感謝の気持ちを忘れてはいけない。


藤井組さんの”藤のシャンデリア”


父のアイディアが具現化された装飾彫刻が井波の土木施工建設会社 藤井組さんにある。
藤のシャンデリアを前に
「人様の仕事で道楽をさせてもろとる」
と笑って話す父。
どんな苦労も愉しむことに変えてしまう父の在り方を傍で見てきている娘としては、日頃その影響を大きく受けているなぁと思う。


見え隠れする小さな虫たち
模様の象嵌(ぞうがん)や口元まで細部にあるこだわり


見えないところにある細部のこだわりや、
各所にちりばめられたストーリーは
見るもの聴くものをなんともたのしませてくれる。

随所に父らしさを感じつつ
モノの価値というのはそういうところなんだろうなと思わされる。


初代白雲の欄間を前に職人技について語る父
井波彫刻総合会館

職人の視点で語られることはそれ自体が価値のあるもの。
では、 わたしの視点で語ることのできる価値ってなんだろうか。
そんなことを深く考えていきたい。

だから、井波の色んな立場や視点から語られることをもっと聴いてみたい。
そんな好奇心がわたしの中で芽を出しているなぁと最近感じている。


先人が見守ってくださっていると感じる
雪に覆われた瑞泉寺

この大雪の中、ハラハラドキドキした場面もありながら、協力してくださった方々やあらゆる連携のなかで無事に井波のご案内を終えた。
ホッとしつつ、先人が見守ってくださっているんだろうなと感じる。

そう感じるのは やっぱり私は、伝統文化の中で育っているからなんだろうなぁ。

そんなこんなで今回は、案内が滞りなく進むように移動や昼食の手配など段取りをしつつ、同行しながらあらゆることを感じて学ぶ機会になった。

井波で感銘や共鳴していただけたことをフランスへ持ち帰っていただき、
父が思い描いている次のアクションにつながることをぜひ期待したい。

今日という日の地続きに 未来があることは間違いない。
どんな未来を描いていくかは、今日という日の積み重ねだ。

ローカルエッセイをはじめようと思います


自分のフィルターを通したものごとを”見える化”していくことで、
”情報”にはない”共感”から生まれるアクションがあるのではないか。
そんなことを思うようになりました。

わたしの「ローカルエッセイ」がその起点のひとつになればいいなと。

今日から綴り始めました。
どうぞ、よろしくお願いします。

2025.2.11 高田優美子






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