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「こだわり」をどう伝えるか

ホテルにおいて「こだわり」はとても大切です。

万人に受けようと角がとれたものより、個性があって、一部の強烈なファンを獲得するほうが、ホテルというビジネスの成功において重要だから。逆に言えば、「共感できない人は来なくていい」くらいの、もっと強い言い方をすれば「共感できない人は排除する」くらいの顧客を選ぶ姿勢はあっていいと思います。

ただ、どのようにそのこだわりを表現するのか、という方法論は意外と考察されないもので、最近、それをあらためて考える出来事がありました。

静けさにこだわりすぎたカフェ

先日、友人と近所に新しくできたカフェに行きました。若い男性の店主がひとりで運営している店で、インスタも熱心に更新しているし、写真もおしゃれな感じ。wifiや電源も完備していると聞いて、仕事によくカフェに通う私は期待をしていました。

ただ、実際に私たちが店に入りお喋りを始めると、ものの30秒で店主が近づいてきて「すみません、もう少しお静かにしていただけますか」と注意を受けたのです。たしかに私は普段からわりと声が大きいので、ちょっと目立ってしまったかもしれませんが、それでもそんな大声を出したはずはないし、いくらなんでも注意しにくるのが早い。まだコートも脱いでないくらいのタイミング。

そのうち隣の席にいたカップルも会話も盛り上がってきて、何かの拍子にちょっとだけ大きな声になりました。するとまたもすかさず店主が寄っていって「すみませんが、、」と。

その時店内にいた客は彼らと我々だけ。店の周囲も駐車場ばかりで、建物の上下階(オフィス)もその日は休日で誰もいない様子。つまり、配慮しなければいけない相手は他になく、どうやら「静かにしてほしい」というのは、他でもない店主自身の理想の空間のためなのです。

おそらくこの店主は、この店を静かにコーヒーとJAZZを楽しむ大人の洗練された空間にしたいのでしょう。少なくともアラフォー女の世知辛い話や、カップルの痴話話を響かせたくはない。注意を受けた我々がもう2度と店に来なくても構わないどころか、そうやって客層をコントロールしているつもりなのだと思います。

ですが、こだわりを表現する手段が「注意する」というのはあまりに短絡的です。

こだわりの舞台裏は死ぬ気で隠す

私がかつて勤めていたホテルも、なにかと変則的なところのあるホテルでした。

例えば、宿泊客用の駐車場からわざわざ専用車に乗り換えさせて遠回りして客室まで送迎する、段差が多い、部屋が暗い、などなど。背景には「できるだけ非日常に浸っていただきたい」という想いやこだわりがあってのことなのですが、ホテルに泊まりに来た客は、便利で安全なものを求めるし、自分の時間を自由に過ごしたいのが普通です。

なので、専用車を待たせることのないように裏では必死に車を回していたし、暗いからこそ楽しめる時間の過ごし方をあれこれ提案していました。そのおかげで、「日常を忘れることができました」「普段はしない過ごし方ができてリラックス出来ました」と言った感想をもらうことができていたのです。

いくら客のためを想っての取り組みでも、客側の期待値や常識を少なからず裏切る以上は、それをどう伝えるか、いかに自然に誘導できるか、といったことに徹底的に努力をする必要があるということは、ぜひ知ってもらいたいと思います。

また、それだけ変則的なところの多いホテルだと、どんなに事前にHPに注意を書こうとも、ターゲットとズレた、いわゆるマッチングしていない人が来ることはあります。特に認知度が低いうちは仕方ないと思います。どんなにお待たせしないように専用車を回しても「不便だ」のほうが上回ってしまうし、暗い=ネガティブでしかない人、段差=危険としか思えない人はいます。それでも、いったんお越しいただいた相手に対して、感動していただくこと難しくとも、とりあえず不快感なく満足していただく努力は必要ですし、ホテル一般として求められているサービスくらいは提供できるはずです。「自分には合わなかったが、いいホテルだった」と思わせることで、いつしか、良い評判が積み上がっていくし、気づけばマッチング度の高いお客様で占められていくようになるものです。

二重三重に間違えてます

最初のカフェの事例で言えば、静かな店を目指したいという店主の想いやこだわりが悪いわけではありません。そういう店を求めている人もたくさんいるでしょうし、ビジネスとして成立するかはともかく、コンセプトがあることは大切です。

ですが、その伝え方にはいくつもチグハグなところがあると感じました。

カフェに来る客はいろんな目的があるものの、友人や恋人とのおしゃべりを楽しみに来るのは一般的なニーズです。さらに、新しくできた店であれば、最近は事前に写真やSNSなどで得た情報から、どんな店か、要するに「自分たちは行ってもいい店か」を判断して行きます。例えば、いかにも高級そうなレストランなら、「予約が必要だろう」「服装はきちんとしていこう」などを察するといったことです。

このカフェは、インスタも頻繁に更新していて、シンプルでシャープな内装にこだわりのコーヒー。明るく日差しが差し込む店内…。おそらく、多くの人は「グループで大声で騒ぐような店ではないが、若者向けのカジュアルな雰囲気の店だろう。」という印象を抱いたと思います。少なくとも、苦味走った無口なマスターがコーヒーをドリップしていたり、文芸書を読む以外の行為は許されないような店とは思わなかったでしょう。

そして、あらためて店を見回してみると、店の構造、壁、床、家具あらゆるものが音を反響する素材で、小さな音や声も響く。店主こだわりと思われるBGMも、落ち着いたクラシックとはいえわりとボリュームが大きい。特に私たちが座っていた席はスピーカーに近かったので、自然と声も大きくなっていくという悪循環が起きていました。これを改善するだけでも、だいぶ音はコントロールできていたと思います。

挙句に、自分が望まない客に対して、「注意する」ことでモヤモヤさせたり気まずくさせている…。何段階ものミスが積み重なって、おそらく店主自身も、日々求めていない客が来ることにイライラしているでしょうし、この人口の少ない町でじわじわと客足は落ちていくだろう、と想像します。

まとめ:こだわりの伝え方


①こだわりは貫く

「お喋りよりも音楽や読書にいそしめる静かな店」を実現したいのであれば、内装、家具、SNSでの見せ方、店名やテキストまで、できるだけそのコンセプトで貫徹させることが大切です。消費者はあらゆる情報から、意外に多くのことを察知して、「自分が歓迎されるべき客か」「客にどんなマナーを求めているか」を汲み取っています。

②マッチングしていない客でも来た人を不快にさせない

合わない客というのはいます。コンセプトを狭くすればするほど、そこからはみ出す人は増えます。一般常識を守れない相手は別として、普通に楽しみたいだけなのに、コンセプトに合わない相手に対しては、リピートさせようと躍起になる必要はありませんが、まずはちゃんと「普通に満足」してもらうことは目指したいもの。これはもうサービス業の矜持なのかもしれませんが。


追記:この記事書いてみて、スラスラ書けるかと思ったら全然上手く行かなくて、すごく時間がかかってしまいました。それだけ込み入った、説明が難しいテーマなのかもしれません。でも、「こだわりの押し付け」は意外にいろんな場所で起きていて、今回はもう1件紹介したかったけどパスした店もあります。サービス業の難しさをあらためて再認識しました。

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