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そんなあなたに幸あれ!
「いらっしゃいませ。お待ちしていました。」
「よろしくお願いします」
彼女は優しい笑顔で私を迎えてくれました。
先日出会ったネイリストさんの話です。
*****
7年振りに高校時代の仲間と集まることになりました。
30年来の友人達です。
私のダメな部分もよく知っているし、今さら見栄をはるほどもない。
だけど、7年振り。
まあ、顔は変えられないし体型も急には無理。
それは昔からあきらめているが、問題は爪なのです。
まるっこくて形もよくないけれど、2枚爪になっていたり変なふうに欠けたりしていて、これはちょっと恥ずかしい。
そこで、ネイルサロンに行ってみることにしました。
ネットで予約したそのサロンのドアを開けると、40代くらいの女性が待っていました。
椅子を勧められてさっそく開始です。
小さな店舗で、どうやらここには彼女しかいないみたいでした。
「雨が上がってよかったですね」
初めて訪れる私にも気さくに話しかけてくれて安心しました。
「ナチュラルで大丈夫ですか?」
予め予約してあったコースを確認しながら、慣れた手つきで私の爪にヤスリをかけていきます。
ん?
あれ?
白いヤスリがなんとなく薄汚れて見えます。
よく見ると、テーブルの上にチラシや試供品のような物が乱雑に置かれています。
「爪の表面の汚れを取りますね」
歯医者さんみたいに先端だけ付け替えるタイプの器具を取り出しました。
何気なく見ると、その先端が浸かっている消毒液の容れ物がやっぱりキタナイ。
とても手際よく甘皮の処理をしたり、慣れた接客で会話も弾むのですが、時折チラッチラッと視線がテレビに向かいます。
そう、テレビがついているのです。
若いお笑いコンビが温泉地を巡っていて、わざと短いタオルを使って半ケツを出しながら、ワーワーとボケたり突っ込んだりしている番組。
テレビとサロンの違和感になんとも言えない気持ちになっている私をよそに、彼女はとても優しい手つきで私の指を持ち上げて表面の汚れを落としていきます。
彼女の指の先には、長さ3センチくらいのラメ入りの付け爪がついているのですが、小指と薬指にはそれがない。
その2本の爪は本当に見るのも悲しくなるくらい傷んでいました。
多分、アレコレやり過ぎてボロボロになってしまったのでしょう。
他の爪もきっと同じようなのではないかと、勝手に想像して、私の心も沈んでいきます。
このネイリストさんの接客態度や、手際の良さはたくさん訓練を積んだ人のように思われました。
多分、情熱を持ってこの仕事に取り組んでいた時もあったのだと思います。
だけど、テレビをチラチラ見ながら施術を行う様子からはその情熱は感じられませんでした。
そのやる気の無さは散らかった店内や汚れた道具から伝わってしまいました。
どんな理由があるのかはわかりません。
人生、山もあれば谷もあります。
長く生きていれば色々な時があるのだと思います。
もしかしたら、自分の爪がボロボロになってイヤになってしまったのかもしれない。
毎日同じことを続けていて飽きてしまったのかもしれません。
本当はやめたいのだけど、まだ子供が小さくてやめられないとか。
誰だって大なり小なり事情を抱えているものです。
いつもいつも、情熱を持って前向きにやれる時ばかりではないですよね。
あきらめたり、投げやりになったりする時もあります。
螺旋階段をぐるぐると上り続けて、疲れたら踊り場で少し休憩するくらいのことは許されるはずです。
まあ、お客さんとしてはちょっとアレな部分もあるけれど。
でも、熟練した迷いのない施術は今までの努力の証だと思うのです。
「ありがとうございました」
と、外まで見送ってくれたその笑顔はやっぱりホンモノだと感じました。
彼女に明るい明日が来ますように。
雨上がりの空は澄んだ青空でした。