あの日の言葉
「俺、話聴くの上手いよぉ〜!」
あの日、夫は電話口でそう言った。
夫とわたしは交際しないで結婚した。
ほぼ電話のみ。もともと知り合いではあったけど。
知り合いどころか仲が悪かった。
10年経っていたことが幸いしただけだ。
10年ぶりの夫は、その受け答えの感じがとても良かったのだ。最悪の印象から始まってるから、感じが良くなっているだけで不意打ちを食らった。心を突かれた。
ちゃんとした受け答えが出来るのなんて、いい大人になっていたのだから、当たり前っちゃあ当たり前だったのに。
迂闊だった。
それで冒頭の言葉に戻るが、結婚云々の話になりかけた時、電話口でわたしは言った。確かめた。
「あたし、話を聴いてくれる人でないと……」
その答えが
「俺、話聴くの上手いよぉ〜!」だった。
心から嬉しく思った。
「ほんでさぁ、パパ。これってさぁ……」
テレビの方を向いたまま食い気味に「うんうん」と応える夫。
「こう思うんよねー。どうかねぇ?」
「うんうん。それでいい」
絶対聞いてない。
「ちゃんと目を見て話できんかなぁ!」
ようやく夫は顔をこちらに向けるが、目はあさっての方向を見ている。わざとだ。
ふざけ散らかしとんな。
そしてまたテレビの方を見遣る。
わたしも負けじと話し続けるのだが、
しばらくすると夫の左目がピクピク痙攣し始める。
チック出とるやん。
夫とは何かを真剣に話し込んだことがない。もちろん大事な話をしなければならないことはあるから、その時は真面目に話すけど、まぁだいたいが短時間で終わる。
その他のことは例によって食い気味の「うんうん」で終わる。
夫は聴き流し上手だった。
あの日の言葉がこだまする。
俺、話聴くの上手いよぉ〜!
上手いよぉ〜!
上手いよぉ〜!