その気になればできないことなどないと思えた瞬間
社会人になるまでは営業だけは絶対にやりたくないと思っていた。
それが人生のほとんどを営業職で生きることになった。
今日はその切っ掛けになったことを書いてみたい。
営業職で人生を送ることになった切っ掛け
子どもの頃から人見知りをし、人前で喋ることが苦手だった。
内向的でおとなしく影の薄い存在だった。
そんな性分の者が営業などできるはずもなく、やりたいはずもなかった。
社会人最初の新人研修
最初に勤めた会社は技術職を希望して新卒採用された。
採用されたのだから技術職の仕事ができるものと信じていた。
小さな中小の会社だったが営業部と技術部があった。
研修期間が3ヶ月あり新人研修や技術研修などを受けることになった。
技術志望で入社したのだから技術研修があるのは必然的だ。
そのほとんどは遠くへ出向いて宿泊しながら行う外部研修で、社会人になったんだという自覚にも繋がった。
何種類かの研修を2ヶ月程度で終えると次は社内研修が待っていた。
それが営業研修だった。
会社からは営業職も技術職もその年に採用された全ての人が、新人研修として営業研修を受けなければならないと説明された。
そんなものなんだと思うしかなかった。
その研修は営業のためのロールプレイングと実践だった。
ロープレを会社で行い実践は飛び込み訪問営業だ。
地獄のような毎日が始まった。
最初に出された驚くべき辞令
例え研修とはいえ、絶対にやりたくないと思っていた営業をやっているのが現実だった。
しかしそれも1ヶ月程度だ。
我慢するしかない。
毎日のように嫌々営業研修に参加していたが、やはり想像していた通り自分が営業には向いていないことも自覚することができた。
飛び込み訪問をしていて玄関チャイムを鳴らし、返事もなく誰も出てこなかったらホッとした。
誰が出てくるかも分からない見ず知らずの家の玄関チャイムを鳴らすことが恐怖だった。
男性の太い声で「ハイ」と返事が聞こえた時は逃げ出したい気分になった。
そんな地獄の研修もやっと終わり、よく辞めずに頑張ったものだと自分を誉め称えた。
そしてやっと研修期間が終った。
その会社では辞令交付式が用意され、その年に辞令交付をうける者が一ヶ所に集められた。
私は受け取った辞令を見るなり自分の目を疑った。
そこに「営業部 営業第二課」と書いてあったからだ。
信じがたい辞令だった。
「これは就職詐欺だ」と心の中で叫んだ。
地獄のような営業の日々
もう無理だと思ったが、「そんな早くに弱音をはいていいのか」と活を入れるもう一人の自分もいた。
辞令交付の後、その営業二課に行くと再び信じられない言葉を課長から聞くことになった。
「すまんが明日からこのタイムカードを持ってこの事務所に出勤してくれ」
「向こうの課長にはよろしくと頼んであるからとにかく行けば分かるから」
最初は意味が理解できなかったが、課長から受け取ったメモを見て全てがのみ込めた。
そこは営業研修で飛び込み訪問をした部署だったからだ。
つまり明日から再びあの地獄のような飛び込み訪問が始まるということだった。
辞令交付された営業二課は主にルート営業する部署だったはずだ。
それなのに飛び込み営業へ飛ばされた理由が次の日に判明した。
タイムカードを持って営業研修でお世話になった飛び込み営業専門の部署に赴くと、そこの課長が理由を教えてくれた。
飛び込み訪問は有力な見込み顧客を増やすための積立契約を取る部署だが、この契約ノルマが他の課にも少しずつ言い渡される。
「そのノルマを新人の君が任せられたと言うことだ」
「理由は何であれ任されたということは信用されている証拠だ」
「まあ頑張って達成してくれ」
「それから契約ノルマを達成できれば返してくれと言うことだから、早く目標を達成できれば営業二課に戻れるぞ」
記憶は薄れているがこの部署の課長からこのような意味のことを聞いたと思う。
それから1ヶ月間飛び込み訪問を繰り返した。
人生で初めての契約
毎日玄関チャイムを鳴らす恐怖と、自ら話をしなければならない辛い日々が始まった。
初めて訪問した家で喋るのも苦手な私に契約をしてくれる人などいるはずはないと思っていた。
人生初の契約が取れたのは夏の暑い日だった。
その日も住宅街を飛び込み訪問していたが背中は汗で濡れていた。
少し早いが昼食にしようと思い住宅街を出るため歩いていると、向こうに庭の花にジョウロで水やりをしている奥様が目に入った。
玄関チャイムに恐怖感があるのは誰が出てくるか分からないからであって、このように最初からその家の住人の顔が分かっていれば怖くはない。
もう昼にしようと考えていたが、昼食前にこの人にだけ声をかけてみようと思った。
誰もが知る有名な商品の積立ということもあり話を聞いて頂けることになった。
「玄関は暑いので」と日陰に通され冷たいお茶まで頂いた。
契約書にすんなり印鑑を押して頂いた時は、嬉しさのあまり心から「ありがとうございます」と声が出ていた。
この奥様は神様だと思えたほどだ。
「その気になればできないことなどないんだ」と思えた瞬間だ。
この日は半世紀近く経過しても忘れることができない一日になった。
私には絶対できないだろうと思っていた営業のいろはを教えて頂いたのはこの地獄の部署だったが、この日の契約が地獄の向こうに一筋の光を照らしてくれることになった。
しかしその後の人生のほとんどを営業職で過ごすことになろうとは、この時もまだ考えることはできなかった。
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