ボイスレコーダーの男④
《気になる思い出》
南方の島での仕事は思ったよりもはかどった。予定していた鳥の生息地を三か所見つけることができ、波の音以外は静寂そのものだったので、鳥の声がひときわ鮮明にとれた。
予備の一泊は、謎の男を考える時間に当てた。
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彼が私だとしたらなぜだろう。私でないとしたら他にどういう可能性があるのか。
レシートを見て、新たな機器を購入しようしたきっかけを思い出そうとした。その店はよく行く量販店だった。何度も訪れているので、そうした記憶に混じっていないだろうか。桜の木の凹みからボイスレコーダーを取り出す自分も想像した。ついさっき自分が仕掛けたものを、なぜか取り出したはずだった。
録音した声が私の声かどうか確認した方がよかった。突然だったので他人の声に聞こえていたが、私が声色を変えていたかもしれなかった。しかし、バッグにしまってからNo.3の機器は2台とも取り出さなかった。
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私は過去に似たような出来事がなかったか回想した。仮に彼が私ならば、突然彼が舞い降りたわけではないだろうし。
保育園・・・幼稚園・・・小学校低学年・・・高学年・・・。これまでなんども思い出したエピソードが出てきては、仕事のことや明日の旅支度や細々した用事も浮かんできて、あまり集中できていなかった。
そうしているうちに、幼い頃の不思議な出来事に突き当たった。自分には記憶がないのだが、近所の人たちの語り草になった話。自宅の前で遊んでいたらバイクがきたので一度よけたところまで覚えている。一方通行で不便なので車の通りは少なく、大概は道端で遊んでいた。
その先は、人づてだが、バイクをよけた拍子に腹ばいになってしまって、後続の車からは死角だったのか、私はそのまま轢かれてしまい、それを見た近所のおばさんが悲鳴を上げ、次の瞬間、私は空に向かって飛びあがったということだった。隣の空き地の雑草の中に落ちて、駆け寄ってみたら無事だったということだった。
私はおばさんにおんぶされながら、彼女が家の中でいた母親に興奮して喋っていた記憶があった。その話は、私が轢かれる前に飛びのいた以外に考えられず、火事場の馬鹿力で、死ぬまいとして途方もない力で飛び上がったのだろう、人間というものはそういうものだ、といった話で決着していた。
おばさんは当初、絶対轢かれていたと言っていたが、余りにもつじつまが合わないので、自分の見間違いだということで終わりにしていた。ただ、私には何度も、和ちゃんは車が乗っかったのを本当に覚えていないの?と話していた。彼女の見た記憶では、轢かれた拍子にタイヤの回転力で空に飛ばされたということだった。
過去に同じ記憶を何度か辿ったが、バイクをよけたら、空き地の雑草の上で仰向けになっており、そこで周囲の声で目が覚めただけだった。
そういう回想から、深いプールに間違って入ってしまい、溺れそうになったが、結果的に周囲にいたお兄さんに助けられたこともあり、必ずしも危機に陥ったときに奇跡が起きるわけでもないといった思い出の連鎖に入っていった。
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もし、自分の中に、特殊な能力がある私がいるならば、表に出たいだろうし、一生私の中で眠っていたくはないだろう。そうして私とともに一生を終えるのは口惜しいだろう。
もし、そういうものらが多くの人の中に宿っているとしたら、彼らはときどき出現したりするのだろうか。それはどういうときになんのために、我が存在を知らしめるのだろうか。世の中の、まさかあの人がといった事件は、そういうことなのだろうか。
ボイスレコーダーの男①《拾った男》
ボイスレコーダーの男②《ホテルでの再生》
ボイスレコーダーの男③《巡りの果て》
ボイスレコーダーの男④《気になる思い出》←今ここ
ボイスレコーダーの男⑤《対話の試み》
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