本当に怖くない猫の話 とは
冷たい北風が部屋の中に入り込むとびくりとします
この一年の間に雨の日も風の日も暮れどきには一度窓を開けるようになりました
☆
うちには一匹の三毛猫がいます
名前をセミと言います
子猫の時に拾いました
人間ならもうすぐ20歳のZ世代です
最近、お外に行きたがります
外に出て何かしたいみたいです
でも、何度脱走してもそれが出来ないみたいです
猫の集会にでも行きたいのでしょうか
子猫の頃は、そこで散々な目にあったみたいです
「お前が来るのはまだ早い!」
そんな風に言われて喧嘩になって、怪我をして帰ってきました
もう早くはないでしょう
体重4.6キロ
ずいぶん大きくなりました
「猫の集会にはどんな猫が来るんでしょうね」
私はセミ猫に聞きました
「きっとつまんない集まりです。でも一度くらいは参加してあげてもよいでしょう」
「優しい猫がいると良いですね」
「猫は家の外で猫に優しくしませんよ。猫にとってこの町の家の敷地外は過酷な戦場です」
すっかり家猫になったセミ猫はヘーゼル色の瞳を窓の外へ向けたままそんな風に言いました
縞々のオレンジと真っ黒な毛の柄が混然となった背中に哀愁が漂っています
「そうだとしてもいろんな猫に会えるのは面白いでしょうね」
「いろんな猫ってなんですか。猫はただの猫ですよ」
「猫が過酷な環境で猫に厳しい時が多くても猫に違いはあるでしょう。あなたを追い出さないでくれる猫がいるかもしれないですよね」
猫は少し考える風に窓の外を眺めて小首を傾げました
ちょうど窓の外に幽霊でも見たみたいな仕草でした
「猫にとって人間は優しい生き物で、猫は猫に厳しいと決まってはいないということでしょうか」
「そうですよ。猫にとって人間が安全とは限らないし、全ての猫があなたにとって敵ではないと思います。猫の集会に一度だけなら行かせてあげたいと思うのだけど、やっぱりあなたはここにいるより、いろんな猫に会いたいのですか」
たった一匹で飼われているセミ猫が寂しいのかと申し訳なくなります
「興味はありますが、永遠にここを出て行くほどではありません。この家の中であなたと暮らすより優しい世界を知らないし、しょせん猫は猫ですから」
「猫だって、人間と同じように違いはあるでしょう。どんな猫がいるのか、人間側も気になるんですよ」
「どんな猫って言いますが、何が知りたいんですか。私にはあなたの質問の意味が分かりません」
「そうですねえ」
セミ猫は猫の性格の違いというものが分からないようなので、返事に困ります
「そうだ。私とお母さんは違うでしょう。髪の長さも違うし、年齢が違うから私の方が皺も少ないし」
ちょっと考えたら上手く説明ができてほっとしました
「毛の長さが違う猫はいるでしょうね。長い毛の猫を以前に窓から見た気がします。外猫は短命ですから、年老いた猫が来るかはわかりません。外猫はみな毛並みが悪いものです」
セミ猫は振り返って毛繕いしながら言いました
セミ猫のように家から抜け出して来る猫がいなければ、確かに老いた猫に会うのは難しいでしょう
それよりは、若い病気のやつれた猫が多いかもしれないと思うと暗い気持ちになるのは分からないではありません
セミ猫はいつも通りに変わらない表情をしてましたけど、尻尾は垂れ下がってゆっくり揺れていました
「あなたと同じ三毛猫に会えるかもしれませんよ」
もう絶対に外に出したくないとは言えないので、出来るだけ明るい声で言いました
外に出さないようにすればするほど、素直じゃないセミ猫は脱走を図ろうとするでしょう
悟らせてはなりません
「あなたが私を三毛猫だというので私は私が三毛猫だと知っていますが、私は私が三毛猫であるということが鏡を見てもよく分かりません。あなたを通してしか分かりません。猫は色がよく分かりませんし、見た目をあまり気にしません。人間とは見え方が違うのです。あなたは洗い立ての私を可愛いというけれど、シャワーは怖いし、ドライヤーなんてもっての外です。綺麗になりさえすればよいのです。猫が毛繕いするのは匂いを消すためです。見た目より、匂いや音が私たちにとっては重要です」
窓辺のセミ猫はじょう舌です
セミ猫の説明で猫と人間の世界は違うんだと、はっと気付かされてしまいました
私たちというセミ猫の言葉のくくりが特にセミ猫と人間の距離を感じさせました
決して近づいてはいけないソーシャルディスタンスです
それ以上近づいても良いことはありません
猫の集会は猫のもので、何も知らない人間が行ってもその本質を理解はできないでしょう
「私は猫です。あなたがくれた名前はセミです。あなたがいうなら私は毛皮が三毛の三毛猫でしょう。わたしは、あなたにとって、私が私であれば良いのです。あなたが明日髪を切っても歳を取っても、あなたが私のそばにいてあなたが変わらないなら、私はあなたがわかるでしょう。あなたにとっても、私が三毛猫でなくなっても、あなたが優しくしてくれる存在で私が在ればよいと思います」
三毛猫の三毛皮は唯一無二である日なくなったりしません
人間も明日急に歳を取ったりしません
セミ猫が私をわからなくなっても私はセミ猫に優しくしたいと思います
それが摂理というものですが、それをあえてセミ猫に説明しようとは思いませんでした
暮れどきから猫の活発な活動時間です
動き回り縄張りを確認し、人間とボール遊びしたい時間帯です
それをする前に、黄昏をじっと窓辺で過ごす猫は哲学者です
いえ、人ではないので哲学する猫です
「風邪ひくから窓をしめますよ」
「まだもう少し待っていてください」
声をかけても、窓から視線を離しません
今日は特に窓辺にいたい日のようです
猫は暮れていく空の色が人間のようには分かりません
悠久の時を経て動いてゆく空を猫はどんな興味を持って眺めているのでしょうか
つまりは、時間の概念を考えているのでしょうか
窓辺の猫と会話してみて良かったです
きっと人間にとっても大切なこの世の真理を教えてもらいました