我が家の庭の風景 part.118「命の音」
命に音があるとするならば、どんな音を想像するだろうか。私であれば雨音だ。ポタポタと命が落ちてきている。雨が激しいほど命の音がはっきりする。天に生かされる命もあれば、奪われる命もある。
我が家の庭に猫が居着いて、避妊手術してもらい手を探す事を5月からはじめた。まさに間一髪で、そのまま放置していたら、メス猫たちが同じ時期に孕んで、また30匹ほど猫が生まれるところだった。
我が家の庭ばかりでなく、近所中であるいは日本中で飼育されていないペットが繁殖して、自然界の秩序が崩壊しているとして、それは紛れもなくペットが飼育されないことによる飼育崩壊だ。飼育崩壊という言葉は、正しくペットが飼育されていない時に使われる。そうだとしたら、飼育しようとして失敗した人とペットを捨てた人の罪は同罪ではなかろうか。もちろん故意に生き物の命を脅かした人は飼育うんぬんの問題ではない。
これだけ日本に外来種を大繁殖させて、最初にその外来種を無責任に捨てた人は、罪に問われないまま、安易にペットを飼うなとか餌やりをあまりに厳しく取り締まられるのは理不尽であるような気がする。ホームレスも放置ペットも見て見ぬふりで、社会福祉に金を使う事は無駄だと唾棄する人たちがいる。誰だっていつかその恩恵に預かることになる。他人の同情心によって、生かされるのは猫も人間も同じだ。
雨の時期に身動きが取れなくなる事は、多くの命にとって起こることなのだ。
ハーブを植えて、庭にペットボトルを置いて、それくらいのことで野良猫がより力なくなるのであれば世話は無い。まさか猫避けに猫が怪我するようなものを置くわけにはいかない。
前庭のハーブ花壇を抜けてその少し奥のしげみがどうも猫たちのトイレの場所のようだ。外暮らしの猫たちはきれいにトイレの始末をするため、どこでトイレをしているのかよくわからない。わざわざ花壇にそっと入っていく姿を見て、そうではないかと予想している。
猫たちは、フローラルな香りのトイレを好むようだ。花粉症が心配になる。アレルギーは無いのだろうか。アレルギーの多い私が心配することでもないだろうが。
猫たちは花を倒さずに器用に避けて通ってくれる。鉢を倒すのはボス猫くらいのものだ。植えた覚えがないのに、ハーブと花壇に4月からマメ科の植物の枝が伸び始めた。何の実がなるんだろうと覚えもないのに楽しみにしていたら、ただ白い花をつけるばかりだった。スマホの写真機能で画像検索してみた。AIは今や無料であらゆるところに進出している。とても便利だ。便利すぎて怖い。
謎のマメ科の植物の正体はすぐに知れた。スイートピーだった。スイートピーは白い花もあったらしい。なんとなく赤い花だと思っていた。昨年まいたミックスシードの中にスイートピーの花の種があったのだと思われる。矢車菊とかスイートピーとかまとめてドライフラワーにできないか試してみたい。とりあえず長めに枝を切って、まとめて吊るそう。猫の手が届かないところに。
外に咲かせておいても、もうそろそろ終わり頃で、また大雨が来てしまったら、今度こそ花は全てダメになってしまうだろう。
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