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人生の大半を○○として過ごすなんて耐えられない~星の王子さまを読み終わったあとの人たちへ~㉔

ネットショップの物売りのロボットと1週間売り物だらけのジャングルのようなネットの世界をさまよった。そして、私はとうとうお姫さまにぴったり似合う最高のものを見つけた。

「ああ!」私は小さなお姫さまに言った。「どれも面白かったよ、あなたの話は。でも、もうパソコンを見続けて目が疲れているし、お腹もすいて飲み物もないから、ネットで注文しておけばよかったのになあ!」
「友だちになったシロハラはね」お姫さまは言った・・・・・・
「あのねえ、あなた、もうシロハラどころじゃないの!」
「どうして?」
「もうじきこの家の食料がつきてしまいそうなんだから・・・・・・」
お姫さまは私の言っていることがわからなかったのか、こう答えた。
「たとえもうじき死ぬとしても、友だちがいるということはすてきなことだね。わたしはシロハラと友だちになれたことがとってもうれしい・・・・・
〈いますぐごはんをもらえないってことが、わからないんだね〉わたしは思った。
〈猫はしばらく食べなくても平気なんだ。お腹がへっても、のどがかわいても、我慢できるんだ。お日さまの下で日なたぼっこしていたら、苦痛はみんな忘れちゃうんだ・・・・・・〉
お姫さまは私をじっと見つめた。そしてわたしの思ったことが聞こえたみたいに、答えた。
「わたしだって、のどがかわいたよ・・・・・早く、水をくんできてよ・・・・」
わたしはやれやれという身振りをした。果てしないジャングルのようなネットショップで自分の食料を調達するのは後回しにしなければならない。水道の水が飲めるのに、それで猫と自分が命をつながないなんてありえない。それでも、パソコンの前からはなれがたかった。

何時間も何も言わずにパソコンの画面に熱中するうちに、やがて外は夜になり、窓辺でたそがれているお姫さまの目に星のきらめきが映っていた。わたしはそれを夢の中の出来事のようにながめた。何日も空腹で、少し熱が出てきていたのだ。お姫さまのいろんなことばが頭のなかで踊っていた。

「あなたは、まだのどが渇いているの?」私はたずねた。
「水は心にもいいのかもしれないね・・・・・・」私はよくわからなかったが、口をつぐんだ・・・・・お姫さまにあれこれ聞くと質問がしつこくいつまでも返ってくるとわかってきたからだ。
わたしは疲れて、パソコンデスクにつっぷした。お姫さまはその机の上に上った。そして、丸くなった。
しばらくしんとしたあとで、お姫さまが顔をあげて言った。
「星々が美しいのは、ここから見えない花がどこかで一輪咲いているからだね・・・・・・」
わたしは、「ええ、そうね」と答えると、あとはもう何も言わずに、窓の外の付きのない暗い夜の世界を見つめた。
「山って美しいね」お姫さまがぽつりと言いだした・・・・・・
わたしには暗闇の中に山は見えなかった。しかし、それは本当だった。わたしはずっと、山が好きだった。山に囲まれていると安心できた。山の頂に上れば、私の世界のすべてが見渡せた。
しかし、夜の霧深い闇の中では山は見えない。山に登っても、何も見渡せない。秋の虫が鳴いている自然な静寂の中で、姿の見えないまま山はたたずんでいる・・・・・・
「山が美しいのは」お姫さまが言った。「どこかに水のはじまりを隠しているからだね・・・・・・
このとき、不意に空に流れ星が光って落ちるのを見つけて、私は息をのんだ。私は子どもの頃から古い時代に建てられた家に住んでいるのだが、そこにはガラクタがたくさん埋まっていた。そんなガラクタを掘り起こすたびに、何か宝物が埋まっていたならよかったのにと、ワクワクしながらがっかりした。宝物を見つけた人は誰もいなかったし、見つけたことはなかったけれど、いつか我が家の庭で宝物を見つけたいと思っていた。
でも、死んだおじいちゃんやおばあちゃんが使っていたもののひとつを見つけるたびに、何か一つこの家の秘密を見つけていたのかもしれない・・・・・

「そうだね」わたしはお姫さまに言った。「家や、星や、山を美しくしているものは目には見えないね!」
「おもしろね」お姫さまが言った。「きみが、わたしのシロハラと同じ考えで」
それからお姫さまは眠ってしまったので、わたしはそっと抱き上げてひざの上にのせた。私は胸がいっぱいだった。自分が、壊れやすい宝物を抱いている気がした。地球の上に、これ以上壊れやすい宝物はないような気さえした。
部屋の中のLEDの電灯の下で、私はそのせまい額を、笑っているように閉じた目を、網戸から吹き抜ける風に吹かれて揺れるまゆ毛を、見つめた。そして、思った。〈こうして今見ているものも、表面の部分でしかないんだ。いちばん大事なものは、目には見えない・・・・・〉
わずかに開いたお姫さまのくちびるの間から、いたずらっぽく舌が飛び出している。
〈眠っているお姫さまを見て、こんなに胸がいっぱいになるのは、お姫さまに一輪の花への誠実さがあるからね。お姫さまの顔が眠っていてもほほえんでいるのは、あのユリの面影を夢見ているからなんだね・・・・・・」そう思うと、お姫さまは、いっそう壊れやすかった。このほほえみを、しっかり守らなくては。さっと風が吹いただけで、お姫さまは、目覚めてしまうから・・・・・・
そうして私は眠れない夜を過ごし、こうしてパソコンの画面に向かい続けたのだ。

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マガジンが増えて収拾がつかず、普段の日記と区別するために有料にすることにしました。 素人短編を書いていこうと思います。内容の保証はできませ…

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