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人生の大半を〇〇として過ごすなんて耐えられない 〜星の王子さまを読み終わった後の人たちへ〜 ㉒

「こんにちは」小さなお姫さまが言った。
「こんにちは」新幹線のホームの駅員が言った。
「ここでなにをしているの?」お姫さまが聞いた。
「何もしていない。いや、たまに列車に乗る人たちを、案内しているんだ」鉄道員が言った。「指定席と自由席がわからない人もいるからね」
その時雷のような音をとどろかせながら暗がりのホームの中に流線形の新幹線が速度を落として到着した。ホームにある売店の柱や冷暖房完備の透明の待合室のかべがふるえた。
「ずいぶん急いでるんだね」お姫さまは言った。「運転士さんも知らないよ」私は答えた。
すると今度は反対方向に、さっきよりも速度のついた新幹線が一台、轟音をたてて走り去った。
「もう帰ってきたの?」お姫さまは聞いた…… 
「同じ列車じゃないんだよ」私は答えた。「すれちがったんだよ」
「みんな、自分のいたところに満足できなかったの?」
「人は、自分のいるところに決して満足できない」私はまた答えた。
お姫さまをひもつきの箱に入れたまま私は急いで新幹線に乗り込んだ。
「最初に行った人たちを、追いかけてるの?」お姫様は聞いた。
「何も追いかけたりはしていないよ」と私は答えた。「この箱の中ではみんなたいてい寝ているんだ。さもなきゃ、あくびをしている。子どもたちだけが、窓ガラスに顔を押しつけているんだよ」
「子どもたちだけが、なにをさがしているのか、わかってるんだね」とお姫さま。「子供たちは、ぼろきれのお人形に時間を費やす。だからそのお人形はとっても大事なものになる。それで、取り上げられると泣くんだね……」
「大人だってスマホを取り上げられたら泣くけどね。幸せだな、子どもたちは」私は言った。

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マガジンが増えて収拾がつかず、普段の日記と区別するために有料にすることにしました。 素人短編を書いていこうと思います。内容の保証はできませ…

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