鎌倉時代の初期で何が一番気になる事件か
読書感想の前に雑誌に関する思い出
大学を卒業して数か月は、就職浪人生活だった。7月頃に契約社員で雇ってもらえて、憧れていたのは、毎月経済雑誌を買って朝コーヒーを片手に毎日それに数ページずつ目を通していく生活だった。
しかし、帰宅は深夜出社は早出以外は午後の仕事だったので、朝ごはんの習慣が持てなかった。時世のタイミングも悪かった。世にスマホが普及し始めた頃で、11時間勤務の憂さはスマホで漫画や小説を読む時間で晴らしていた。
就職活動の費用がかからないのは、意外に東京だった。何せ会社がたくさんあるので、1週間もビジネスホテルで生活すれば何社も面接が受けられる。そのうちに、埼玉に住む親せきの空き家を借りて生活する算段もついた。
一人暮らしには贅沢な一軒家。日本家屋でとてもコーヒーの似合う生活ではない。ほぼ寝に帰るだけの家としては勿体なかった。
それでも、たまには自炊をしたり、異動になった時、会社のあった青山の書店に入って、ここで毎月経済雑誌を買おうと決意したことがあった。
しかし、店内に女性の姿は一人もない。客も店員も全員男性である。しかも、高級な仕立てのビジネススーツを着た男性ばかりだ。私服の人は誰もいない。
その頃は、クールビズの掛け声も始まっていて、初めて店に入った時は夏だったはずだ。人の多い職場だったが、職種柄かスーツの人があまりいなかった。しかし、その書店に入ってから気づいてしまった。青山に出社するときに、1980円のシャツにカーディガンを羽織って、ズボンで駆け足で会社を出たり入ったりする若い女の姿は青山には似つかわしくないと。
はじめての青山の書店で買った雑誌に、当時連載されていたあの「半沢直樹シリーズ」だった。ドラマになる前で、1冊目の話ではなく、さらに記憶によると「麒麟の翼」という話の途中からだったが、途中でもずいぶん面白くて、そのシリーズを読むために、仕事を変わっても雑誌はしばらく買っていた。青山の書店も数回は行ったが、習慣として出社前に寄るには、あまりに敷居高い店だった。いついっても、女性客を見ることがなく、青山では女性は買い物しないんだろうかと常々思っていたものである。
経済雑誌に載っている内容など、今になっても雲の上の出来事であまりに私の生活とかかわりがない。経済雑誌を買って読んで学んでいる風を装うことが何だか20代の前半の時は格好いいと思っていたのだ。もっと身近なことに目を向けて、楽しんで何かを身に着けるべきだったと今となっては後悔している。通り抜けるだけの知識など意味がない。
ネットで小説を読める時代
久々に出かけた先で、歴史小説を買ってみた。複数の作家の歴史短編が1冊で読めるのがお得だと思ったのだ。現在NHKの大河ドラマで鎌倉時代の話をやっているので、全ての話の舞台が鎌倉時代で統一されているのもタイムリーだと思った。
読み終わると、最後のページに雑誌の案内がついているのに気付いた。
PHPの「小説・エッセイ」文庫と書かれていて、何となく興味を惹かれてネットで検索してみた。
いくつかの連載小説が無料で読めてしまう。
今は、雑誌社をネットで検索すると、無料版があるところが多い。
物価上昇で消費減退の心配がされている昨今、もともと日本はものが安く売られすぎていたんだからという論調も見られる。
しかし、その物価上昇は円安と原材料やエネルギーの高騰によるものなので、便乗値上げでもない限り、適正価格に近づいて社員の給料に反映されるというものではない。
ただ、日本は無料のサービスが良すぎる気もしている。
有難く利用させてもらうけど、無料だとなんだか申し訳ないなと思うものも多い。
でも、それがいまの宣伝の方法で、経済が上手く回っているのなら、わたしがかえって貧乏性だから、そのように感じるだけなのかもしれない。
北条義時について学校で特に習った記憶がない
高校の時は社会が選択科目だったので、私は日本史を選択した。
鎌倉時代は室町時代より短いのに、人間関係が複雑で、勉強するのに効率が悪いという認識だった。
戦国時代や鎌倉時代は割と歴史ドラマの中では人気の時代という気がする。
しかし、私は、あまり戦争史に興味が持てなくて。
殺し合いで、後の世がどうやって変わったのか、よくわからない。
この人が、殺されずに寿命を全うしていたっら・・・。
そういうタラレバの話が好きは好きだ。
でも、生きていたらどうなっていたかなんて、わからない。
特に政治の重要な地位についていた人がたくさん死んだ時代になると、その人たち一人一人について考えるのはより難しくなる。
頼朝の息子、頼家・実朝はまとめて謀殺されたように言われることも多い人物だ。
割と判官びいきというか、短命の人が気になるたちではあるのだが、結局のところ、長く生きないと学校の歴史の教科書では殺されたかもしれない人としかほとんど紹介されない。
文化人だった実朝の句を国語の授業で習うくらいだ。
文化人だったから、坂東武者の中では浮いていたと言われても、人となりがわからないので、本当にそうなのか納得しづらい部分がある。
この本では、全て北条義時が生きていた頃が描かれている。
それぞれの作家で、義時の人物像に違いがあって新鮮だ。
時政同様の謀略家のようでもあり、父・時政に体よく使われただけの流されやすい人物にも思える。
北条の策略で甥の公暁が叔父の実朝を殺すことになったのか・・・
。
政子の長男の頼家は、妻の実家である後見の比企家を先に滅ぼされたので、そこに北条家の謀略があったことはわかる。
しかし、まだ鎌倉幕府の立ち上がりの時代で、孫子を二人とも殺して、あまつさえ、甥っ子に殺害をさせるように仕向けるものなのか、納得できないところがある。
現代でも、日本以外の国で戦争が行われているわけですが、内紛となると、身内にまでそんなに残酷になれるものなのか。
実朝は優秀で武家と調停の橋渡しをうまくやっていたが、思いがけない誤解から甥に殺されて、鎌倉幕府は基盤を失って、結果室町時代江戸時代と武家社会が続くのに、自滅して役割を失ってしまったような気がしてならない。
自分たちに都合の悪いことを言う人間を次々と殺していっても、人材が失われていくだけではないか。
歴史の授業でも習った事件でもあり、和歌の才能からも何事にもやる気のない人でなかったのはうかがい知れることだから、私は、鎌倉初期の事件では実朝暗殺が本当に謀略だったのかどうかが一番気になるところだ。
それは、実朝の母の政子、祖父の時政、叔父の義時がどれほど残酷であったかを考えることにもなると思う。
血のつながった家族が、自分を罠に嵌めたと実朝はわかっていたのかどうか。
わかっていたとしたら、その死の瞬間、どれほど恐ろしく、無念であったことだろうか。