「オッサンの放物線」 #9僕と君のフンドシ
~連続しょうもな小説~
「オッサンの放物線」 第九話 僕と君のフンドシ
2023年1月3日
ゆっくりと上げた視線の先には、顔の下半分がケツになっている女性(の様な妖怪)が立っていた。
「なによ!」
こっちのセリフじゃい。何やねん、その顔。
いやいや。出会い頭に屁をこいてしまったのはコチラの方で、しかも下手したらソチラの口から屁をこかしてしまったのかもしれない。非はこちらにあって、全く私の不徳の致すところだ。
「ごめんなさい。気が緩んでました。」
「なによ…。素直に謝んのね。なんか…。可愛いじゃん。」
えー。こういうの、「ツンデレ」って言うんでしょうか。
なんかこちらまでモジモジしてしまって、頭に巻いていたタオルを外し「あの、良かったらコレ、どうぞ。」と渡してしまった。
一体ソレをどうしろと言うのか。自分でも呆れてしまうのであるが、彼女(妖怪)はすんなり受け取った。
そして彼女(妖怪)はそのタオルをクルクルと捻じり、自分の口(ケツ)にフンドシの様に巻き付けた。
「ありがとう。本当はね。ちょっと…。恥ずかしかったんだ。」
手を後ろで組み、首を傾げて微笑んだ。
「私の名前はルカ。私の家は2階。あなたの上の階に住んでるの。」
「あの…。ウチ一戸建てですけど。」
「ええ。あなたとは前に会ったと思うわ。」
「はい。フードコートでね。」
「何があったかは聞かないで。何があったかは聞かないでね。」
「あの。それって歌の歌詞ですか?」
「困った時は呼んでちょうだい。きっと力になれると思うわ。」
「どうやって?」
「私の名前を大声で叫んで。ルカー!って。どこへでも飛んでいくわ。本当よ。」
「そうですか。ありがとうございます…。」
絶対呼ぶことないわ。
絶対…。
「じゃあまたね。」と振り返った数歩目で彼女(妖怪)が小さい声で「汗くさ!」と言ったのは、聞こえなかったふりをして私はまた走り始めた。
えーと。
何の話やったっけ。
そうそう、走り始めた頃の話。
最初は2km走るのが精一杯で、連続で10km走れる様になるまでに2〜3ヶ月はかかったと思う。それが半年ぐらいでフルマラソン走るようになるのだから、人間の身体って不思議なもんやなと思う。
マラソン初心者の最初の目標がサブ4(4時間以内)だという事をネットで知り、実際にはじめてのフルマラソンを3時間58分で走りきった。
そして翌年の夏には当初の目的のアクアスロンに出場し、その1年後にはもう100kmのウルトラマラソンを走っていた。
ちょっとムキになっている感じではあった。
父親が全身動かなくなる病気で死んだあとだったので、立ち止まるのが怖かったのだ。
とにかくレースに出まくった。月に1度以上のペースでフルマラソンを走り、年に3回ぐらいウルトラマラソンを走った。
車で行ける範囲だけでも走りきれないほどの沢山の大会があった。
世の中が「マラソンブーム」であることを知ったのは2年目ぐらいの時だ。
よく街でも大阪マラソンのテーマソングが流れていたころ。
「なんや…。流行ってるんやったら、はじめんかったら良かった。もっとマイナースポーツに転向しよっかな…。」
ひねくれている。それは自覚している。
女性がオシャレなランニングウェア着て走っているのを見ると。
冷める…。
かなりエエ感じにひねくれているのだ。
9.6kmという中途半端な距離を走り終えて、シャワーを浴びた。
買い物に行こう。
ホームセンターの横にある小さなスーパー。
店の前にたこ焼きが売っている。
10個300円。
今の時代では安いほうだろう。
私の子供の頃の最安のたこ焼き屋は15個100円だった。
それは当時でも異常な安さだが、それを経験してしまっていると30個買って900円がとても高く感じる。
それでも家族のおやつに買ってしまった。
自分も食べたいから。
家に帰って2階にいる子供たちに声をかける。
「おーい。たこ焼きあるぞー。食べるかー。」
返事はない。
子供たちが小さい頃は誰か一人くらいはリビングにいて、「たこ焼きたべるからみんな呼んでこい。」と言えば呼びに行ったものだが。
今は各自自分の部屋に入って、今家に誰がいるのかすら解らず、仮にリビングに誰かいたとしても「呼んでこい。」と言ったら嫌な顔をする。
階段の下から呼ぶが、ヘッドホンで音楽聴いていたりしてなかなか降りてこない。
二階で鳴るように呼び鈴を付けたこともあるが、何かの時に癇癪を起こして壊してしまったまんまだ。
私は舌打ちをして、更に大声で叫んだ。
「タ・コ・ヤ・キ!!!!!!タ・ベ・ルカー!!!!!!」
ぼわわ〜ん。
煙と共にヤツが現れた。
「私の名前はルカ。あなたの上の階に住んでるの。」
もう、エエって…。
つづく。