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インド旅行の話🇮🇳(完結編)インドらしさとは何だろうか

インド旅行の話、完結編です。今回書くのはある意味とてもインドらしい話かもしれない。だけど、そもそも「らしさ」ってなんだろう。そんなことを一緒に考えたいのです。よろしくお願いします。

さて、インド北部ラジャスターン州から始まり、アグラ、ワラナーシへと向かう旅路です。
6日目までの私は、ラクダに乗り、咳が止まらなくなり、小さなガイドに導かれていました。

完結編は7日目からのスタートです。

これまでの旅路はこちらから

7日目  特急列車での出会い。そして大観光地アグラへ

今日はジャイプールからアグラへ。

この日も列車で移動です。指定席なので座席番号を見ながら自分の席を探す。
列車の真ん中あたりはなぜか向かい合う座席配置だった。そして、向かい合う席の間にはテーブルまで置かれている。その一角に私の席はあった。

通路を挟んで反対側のテーブル席は、ファミリーが机を囲み仲良くランチをしていた。ここだけファミレス席じゃん。

かたや私の前に座っているのは、見ず知らずのフランス?人カップル?この席、気まずくないかな?

彼らはインドの観光地で買ったであろうポストカードを見せ合ってはにかみ合い、分厚いガイドブックを開いて何やら楽しそうに相談をし、お揃いのノートに旅行記のようなものを真剣な眼差しで書いている。そう、私の目の前にあるテーブルを使って。やっぱり、気まずくない?笑
仕方なく、眠ろうかなと思ったけどそんな時に限って寝られなかったりする。いつもすやすや寝ているのにね。

しばらくすると、カップルはノートを書き終え、女性の方が本を取り出して読書を始めた。なんとなく、見たことある気がするなーと思って背表紙をぼんやり眺めていたら、日本人作家の名前が書いてあった。
おお!と思って表紙の絵を頼りに検索しました。フランス?版『コーヒーが冷めないうちに』を読んでいた。

急に親近感が湧きました。笑

まだ読んだことのない日本人作家の本を遠い異国の地で、さらに遠い国から来たであろう人が読んでいて、そして、そこに日本人である私がたまたま居合わせた。
旅とは、かくも素敵なものなんですよ。
これだけで旅に行く理由にしていいぐらいだ。

声をかけたい気持ちもありつつ、読んだことのない本だしなーと臆病風に吹かれつつ、でも改めて思う。私が本を好きな理由も本を読みたい理由もこんな時のためだと言って、過言じゃない。だから帰国したらこの本を読もうと決めた。

なんだかんだ列車はアグラに到着する。
到着すると、たくさんのタクシーやトゥクトゥクの運転手さん達に取り囲まれジャパニジャパニって声をかけられた。ちょっと怖かった。日本人はたくさんお金払うみたいなイメージなのかも。

街に出てからは、お土産屋さんをぶらぶらしていたんだけど、全体的に客引きが強めでビビっていた。これが超有名観光地の客引き。田舎の客引きとはわけが違うね。

街ではお祭り?男達が練り歩く。

さて、アグラに来た目的はもちろんタージマハルに行くことなのですが、ホテルの人に朝早くに行くのがいいよって教えてもらったので、明日の朝、見に行くことにしました。

今日はおやすみ。

8日目 霧に沈むタージマハルと出発しない列車

タージ・マハルが霧に沈んでいた。

かっこいい…
いいよね
裏側


1月は霧の季節らしいです。言葉はいらない。
行ってよかったね。

午後はアグラ城に行きました。

城の上のやつ大体ぽわんとしてる
おっきい城
ちびっ子動物達がちろちろしてた

城を出た後、少し歩いてみた。
近くには何もないのでみんなすぐに何かしらの乗り物に乗り込んでいる。だけど、なんとなく歩きたくて少しだけふらふらしていたのです。


すると、裸足で歩く少年が観光客に片っ端から声を掛けていた。「ルピー」
太陽に目を細め、手を差し伸べながら、少年は声をかける。何度か断られて、また別の人に声をかける。

私はそれを見ながら、ホテルにチョコレート置いてきちゃったなーと考えていた。なぜそんなことを思うのか。
お金を渡すのは違う気がするけれど、なぜ違うのかを自分の言葉で明確に表現できない。ただ何となくそう思う。でも、何かしてあげたいような曖昧な気持ちになる。そんな気持ちをチョコレートで紛らわそうとしたんだと思う。結局は、何もしない私がいる。

私も少年に声を掛けられたので、静かに首を横に振る。彼は何も起こらなかったかのようにまた次の人に声を掛けに行く。

その後、タージ・マハルをもう一度見たいなと思って、タージマハルを裏側から見れる場所に行きました。
タージ・マハルは王妃のお墓だそうです。王は自身の愛した人が眠るこのタージ・マハルの対岸に位置する場所に、黒いタージ・マハルを造り、自分のお墓にしようと思っていたんだって。建設費が足りなくて断念したそうです。
これはロマンチックでしょうか。

ルピーを求める裸足の少年と、世界に誇る墓を建てる王。私は、歴史も文化も政治も経済も、あまりにも何も知らなさすぎる。

それでも対岸から眺めるタージ・マハルは素敵で、ひなたぽかぽか良い気持ちだった。
ベンチで読書をしている人がいて、あまりにも御伽話のようだった。

幻想的だね


帰り道。やはり歩きたくなる。
トゥクトゥク🛺に乗ってそわそわしたり、いろんな勧誘を断るのが面倒になってきていたから。

しばらく歩くと、少し奥まった住宅地の路地に迷い込んだ。
すると、子ども達が控えめにhi と手を振ってくれる。笑顔で応じていると、子どもが子どもを呼んでわらわらと飛び出してきた。ベイビーもおうちの中から手を振っている。
王様ってこんな気持ちなのかもしれない。
きっと観光客はこんなところに来ないんだろうな。

歩きながら手を振りかえしていたら、子どもたちははしゃいで、大人達に報告していた。手を振ってくれたよ!と自慢しているんだろうか。かわいい。

子ども達がたくさん出てきた路地の大通り


この日のお昼ご飯が一番おいしかった。

さて、今夜は寝台特急でアグラとはお別れの予定。

たくさんの感情を抱えながらこの地を後にしよう。

そんなことを思い、ホテルに帰った。

ホテルをチェックアウトしようとすると、「どこに行くの?」と聞いてくれた。
「ワラナーシ」「どうやって行くの?」「列車で」すると少し怪訝な顔になるホテルマンA。
「どの列車?」と聞かれて、予約した列車番号を見せる。
ちょっと待ってねと、パソコンで何やら検索し、さらに電話をかけ始めるA氏。

そして、教えてくれた。
「その列車はまだ始発駅から出発してない」
「今行っても乗れない。ホームは寒いよ」
そう話す彼の隣で受付をしていた別のホテルマンBが声を掛けてくれる。
「列車は動かないかもしれない。キャンセルしてバスで行くべきだよ」
するとA氏が応戦する。「いや、もうちょっと待ったほうがいいよ。動くかもしれない。」
そのあとは、ヒンドゥー語?で2人がやりとりしていてもうわからんかった。笑
突如始まる電車バス論争…。

そしてA氏はこう言った。「今、2時間遅れている。夜ご飯でも食べておいで。2時間後に戻ってきなよ。その時にまた調べてあげる。」

この時の私はこう思っていた。また揺れるバスに乗るのはちょっとしんどいな〜
そんなわけで、ご飯でも食べて2時間ほど時間を潰すことにしました。

さて、ホテルのロビーにカムバックです。

A氏曰く、「まだ動いてない。さらに2時間遅れている。」

チェックアウトはすでにしており、ホテルの部屋は満室らしい。この時点ですでに21時ごろ。お店も閉まっていた。やることがなさすぎる…

仕方ないのでロビーのソファでくつろぎ、kindleで漫画を読んでいた。ありがとう。ハイキュー。

そして、時刻は23時を過ぎた頃。
A氏は少し諦めた表情で「まだ遅れてはいるけど、駅に向かってる間に動くかもね。」というようなことを言っていた。もうロビーのソファに座っているのもしんどくなってきていたので、駅に向かうことに。駅に向かうタクシーではすやすや寝ておりました。

30分程して、駅のホームに到着すると、大量に列車を待つ人達がいた。ちなみに夜の野晒しのホームはめちゃくちゃ寒かった。現地の人々は毛布やターバンに体を包みこんで地面に横たわっていた。生きる力がつよい…

眠いし、寒いし、列車は来ない。霧のおかげでベンチはびしょ濡れ。

同じ列車を待っていた欧米系の旅行者のおばちゃんは早く来いと神?に祈りを捧げていた。笑
もはや興奮している。べりーべりーべりーれいと!!!!!!!ありえないよね!!!!やんなっちゃう!!みたいな感じで声を掛けてくれた。たぶん。
めっちゃわかるよ。同じ気持ちだ。この場にいる全員がそう思ってる。

幸いなことにこの時、私たちが乗る列車が動き始めているという情報を得ることができた。走り始めたらいつかは我々の待つ駅にも着くだろう。止まない雨がないようにね。

ああ早く横になりたい、この旅であと何度そう思うだろうか…

9日目 到着しない寝台特急、日本語を話すインド人

さて、日付が変わって時刻は2時ごろ。やっと来ました。列車。
自由席はめちゃくちゃ混んでいた。こんなに待って、あんなにもみくちゃの場所に突っ込んでいくのかよ、生きる力が強すぎる。

今回予約したシートは、個室キャビンになっている寝台車。鍵も閉まるし安心だった。しかし、その後も列車は遅れ続ける。ぐっすり寝て、起きてもまだまだ到着していなかった。窓の外を見ると景色が動いていない。霧の影響でさらに遅れゆく列車。

予定通り(なんてことはこの国ではないけれど)だと朝6時に着く予定だったんだよね。到着したのは夕方でした。10時間ぐらい遅れてる。笑

そしてやっとのことで到着してはじめに思った。「あーー、久しぶりに動かない地面だ!!」ついでにエスカレーターも動いてない。

たどり着いたホテルのおっちゃんには、「来ないと思ってたよ!!大変だったね!」と言われた。この人は日本語が話せたのでほんとにこう言われた。

ひとまず、ホテルのレストランでご飯を食べる。この日初めてのまともな食事だ。美味しいんだけど、そろそろ胃もたれしてきているのであまり食べられなくなってきていた。
ホテルのおっちゃんと日本語で少し話しながら、日本に戻ったらお寿司食べるぞーと意気込んだりなどした。

バナナラッシー美味しかった

明日は早起きしたいから。
今日は動かないベットでおやすみなさい。

10日目 聖なるガンジス川と壊れゆく胃腸

今日は、大いなる川を見にいく。だって、これを見ないとインドに来たって言えないじゃん。私は案外ミーハーなんだよね。

明け方から川沿いに出て、歩いていく。少し歩いた先に、毎朝、お祭りをしているところがあるらしい。たくさんの人が階段に座って祭りの始まりを待っていた。ぼーっと見ていて、この時はもう写真なんて撮らなくていいやっていう気持ちになっていた。
この感情はカメラで収めることが出来なさそうだ。

朝。ガンジス川…

そのあとは腹痛に効くと噂のジュースや喉の痛みが治ると噂のお茶を探して街を歩いたりしてた。満身創痍の前兆があったのです。笑

でもやはり、もう一度ガンジス川を見たくて再び川のほとりへ。昼のガンジス川で沐浴をする人達をぼーっと眺めていた。

私はこの国が好きなのかな。そんなことを考えながら。
そろそろインドにお別れを告げよう。

さて、ここからはほぼ後日譚。

夜が近づき。帰り支度を。
インド国内を空港のあるアグラまで移動するために飛行機に乗り数時間。
飛行機を降りて気づいた。お腹が痛い気がする…。ついに。。。

この夜は何も食べられずに再び飛行機に乗り込む。お腹に不安を抱えながら。
いよいよインド出国です。

11、12日目 ホーチミンで横たわる、そして日本へ

さて、深夜に乗った飛行機は、早朝にベトナム、ホーチミンに到着した。飛行機内で提供される全ての食べ物を断り、ぐっすり眠っていました。

次に乗る日本へ向かう飛行機は、夜の便だったので。
ベトナムに入国し、ホーチミンで夜まで遊べるはずだったのですが…
この時の私のコンディション。3歩歩いたらもうトイレに行きたい。という状況でした。笑

空港から街へ向かうためにtaxi🚕に乗ったんだけど、本当にやばかった。早くトイレのある場所に降ろしてくれ〜と祈っておりました。

トイレがすぐ近くにあって、寝転がっていられる場所。そして、お風呂にも入りたい!
そんなわけでスパに行きました。
久々にちゃんとあったかくて広いお風呂に入った!調子に乗ってマッサージもしてもらって最高の気持ち。お腹の調子もマシになってきたのでは…?と意気揚々。

そういや、昨日からほとんど何も食べてないなー、インド料理以外のもの食べたい!という気持ちと、食べたらお腹が…という気持ちに挟まれて、ひとまずおしゃれカフェへ。
美味しそうな匂いに負けて、一口食べるとトイレ…ってなってしまった…。
カフェのトイレをヘビーユーズして、それでもどうにもならんのでもっかい同じスパに戻った。笑
受付のお姉さんの「なんで??戻ってきた??」という表情を全身で浴びながら、岩盤浴の休憩スペースで半日寝転んでいました。ベトナムで何もできず悲しい…。

そうして日本へ✈️

帰国してからも1週間ぐらいはほとんど何も食べられなかった。(どうしてもお寿司が食べたくて無理やり食べたりしていたのも多分要因。笑)
お腹は痛くなかったんだけど、お腹が減らないのと、一口でも食べるとトイレに頻繁に行きたくなるので不用意に食べられなかったのです。
洗濯しても取れなかった服や鞄のインドの匂いが薄れていくとともに、お腹の調子も少しずつ回復していきました。

というわけで、ただいまです。お付き合いいただきありがとうございました。
それでは、また出発する日まで。


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