
ペッパーズ・ゴースト|読書感想
今年ラストの読了作。 2021 年の伊坂幸太郎さんの小説の文庫化が 12/6 に発売されたので読みました。殺し屋シリーズを読んでからだいぶ時間が経っていたので、「あぁ…なんだか本来の伊坂さんらしいな」という印象がします。
現実と空想が交錯するエンタメ|あらすじ
中学校の国語教師である壇は、読んでほしいと生徒から自作小説を渡される。
猫を虐待する動画を撮影してアップロードするアカウント<猫ゴロシ>を支援し、煽って楽しむ集団<猫を地獄に送る会・通称ネコジゴ>。そのメンバーたちを探し出して復讐するために雇われたネコジゴ・ハンターであるロシアンブル&アメショーの二人組が暗躍する物語。
そして壇には、他人の飛沫に触れると、その人のちょっと先の未来が観えるという不思議な能力があり、それを生徒の父親に話したことから、誘拐に端を発する大事件に巻き込まれていく。
遊び心のある文章の構成
読者までも巻き込む視覚トリック
劇場や映像の技術のひとつで、ペッパーさんなる人が関係していたはずだが、照明とガラスを使い、別の場所に存在する物を観客の前に映し出す手法だった。
3つの視点で構成された章立てが交互に進む、今まで味わったことのないような新感覚。
壇先生は、ちょっと抜けているが真面目でハプニングとは無縁な生徒想いの一人称。そして、心配性なロシアンブルと楽観的なアメショーの二人は、ときにジョークを飛ばしながら、お笑いコンビさながらの軽快なやり取りで楽しませてくれる。
一見まったく関係のない話がどんなふうに交わっていくのかと思ったら、伊坂さんらしい文章とスポットライトによって、そこにあるハズのない状況ができ上がるだけでなく、読み手が抱く感想にまで関与してくるかのような面白い錯覚に陥って、ついページを繰る手が早まっていく。
この作品の題材が復讐や爆破テロといった物騒なものなのに、スッと馴染んで受け取れるのは、こういった遊び心があるからなのかもしれない。
友情出演かと思うと微笑ましい
驚いたのかデミオのワイパーが動いたように見えたが、その緑のデミオからランドクルーザーに、着地しては駆けて、ジャンプを、繰り返し、
もしや『ガソリン生活』で登場した白のプリウスや緑のデミオか。踏みつけられたときの不満の声が聞こえてくるようで、フッと口元が綻んでしまった。
印象的なテーマ
被害者遺族はやりきれない
マイク育馬の不用意な発言で、犯人が爆弾を爆発させたのだとすれば、それも一つの犯罪みたいなものじゃないですか
言葉でコミュニケーションを取る生き物だから、嘘をなるべくつけないようにプログラムされているんじゃないかな。ただ、中には、そのプログラムから抜け出して、平気で嘘をつける人がいる。
作中では、5年前にカフェ・ダイヤモンド事件という爆破テロがあり、自爆した犯人たちに加えて犠牲者が出ているという。
被害者の遺族は事件を忘れられないまま、陰鬱な日々を送っているというのに、その被害の引き金を引いた人間は何も感じずに開き直り、のうのうと生活しているとしたら。怒りの矛先を向けるべきは犯人なのが前提だが、法律では裁けない道徳を害している人間も野放しな現状はやりきれない。罪があるとは言い切れないが、罪がないとも言い切れない。最近は特に、法で定められたラインと、マナーやモラルを示すラインとが著しく狭まっているような気がするから、なおさらもどかしい。
ニーチェの言葉の捉え方
この人生を永遠に繰り返すとしたら。ニーチェの話を思い出した。ここで逃げてしまった人生を、もう一度!と思えるだろうか。
人生で魂が震えるほどの幸福があったなら、それだけで、そのために永遠の人生が必要だったんだと感じることができる
まだ気持ちに整理がついていない、スタートラインにも立てていない人間にとっては、ツライ出来事やイヤな経験を何度も繰り返すなんてゴメンだし、悲劇と帳消しになるような出来事など起きえないと、自暴自棄になってしまいそうなニーチェの言葉。けれど、後悔している過去を払拭したいと、しっかり前を向けた人間にとっては活力になる。まるで今までの人生に対して恥じることのないように、自分自身に言い聞かせているみたい。
心配も考え方次第
恐ろしい出来事は、俺の心配と心配の隙間を縫うように、出現してくる。
ロシアンブルは心配性な割に、自分の「心配」をよく多角的に分析している気がする。たしかに心配していることは思いのほか起きないし、意識していなかったことや気を抜いたところから思いがけず発生することが多い。見方を変えれば「心配」というものがポジティブなものに感じられる。