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読書記録 約束された移動
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小川洋子さん、2019年 河出書房
小川洋子さんの作品はいくつか読んできました。
いずれも、目立たない仕事や役割りを地道に積み上げてきた人の、さりげない日常の中の細やかさや、優しさを感じる作品が多く、じわじわと胸にくる、そんな読後感を持ちました。
今回の本は短編集です。
その中の私の心に留まった、一つを記録として残します。
◎ダイアナとバーバラ
✴︎あらすじ
バーバラは元病院の案内係だった。いつも病院のロビーにいた。
何科を受診したらよいかわからない人、保険証を落としてしまった人、広い病院でどう行ったらいいかわからない人。
そんな人たちを適切な場所に案内する仕事だった。
混乱し、困り果てた人々の気持ちを落ち着け、正しい通路に案内しながら、安心して病院を受診できるように心を配っていた。
わかります、わかります、というのが、バーバラの口癖だった。
バーバラというのは、愛称。孫娘が生まれた時から、自分のことをそう呼んだ。
数年後、バーバラの元を訪れた孫娘は、10歳になり、時折自転車に乗って、1人でバーバラのもとを訪れるようになっていた。
そして、バーバラは趣味の洋裁で、ダイアナ妃の着ていた洋服をそっくり真似て作っていた。
孫娘はその傍らで、本を読みながらバーバラの話を聞いていた。
◎気になった箇所、本文 44ページ
(バーバラの口調について)
口調はどこまでも穏やかで、押しつけがましくなく、思慮深かった。
相手に応じて表情と仕草は細やかに変化し、ニュアンスにいっそうの奥行きを与えた。
ある時は深々としたうなずきに微笑が添えられ、またある時は相手の背中にひっそりと掌があてがわれた。
⭐︎⭐︎何という、細やかで穏やかな記述だろう。読み返すたびに、ひたひたとことばの海に漂っているような心地よい感覚だ。
◎感想
バーバラは、案内係の仕事を長くしていた。だから人の想いを汲み取り適切なことばをかけることのできる、寛容で利発な人だと思う。また、我慢強い人でもあったと思う。
でも、職場では孤立していたかもしれない。
こういう人の話を聞くとか、相手の思いに寄り添う仕事は精神的な疲労度が高いと思う。それを話せる仲間や上司がいるとよかっただろうな。
でも、バーバラはその疲労を洋裁という趣味にエネルギーを注ぎ込むことで解消、昇華させていたようだ。
ステキなことだ。
私の以前職場で、ストレスをお菓子作りに込めて、プロ顔負けの焼き菓子を作っていた人がいたな。
ちょっと、いいなあって思ってた。