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舞台「応天の門」観劇感想
こんにちは、雪乃です。今日は明治座で舞台「応天の門」を観て参りました。感想を書いているうちに日付が変わってしまったのですが、今日(12月7日)ということにしてください。帰りの電車からずっと書いているはずなのに書き終わらなかったんです。
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「応天の門」の原作は2013年から連載中の歴史漫画。1話を@バンチで読んで「なんか凄い漫画が始まった……!」と胸が震えてどハマりしてから早いもので11年が経ち、連載開始時にまだ中学生だった私は社会人になりました。
10年以上応援している作品が宝塚に続き明治座でも舞台化。驚きましたね、宝塚で舞台化する時点で衝撃でしたが、まさか明治座でもやってくれるとは思いませんでした。宝塚版を逃してしまったからこそ明治座版は絶対に行かねば!とチケットを取り、無事に観にいくことができました。
いよいよ開幕した明治座版「応天の門」。原作ファンとしても演劇ファンとしても大満足の作品でした!謀略渦巻く当時の貴族社会のシーンは常に緊張感があり、かと思えば思わず笑ってしまうコミカルなシーンもあり、華やかで舞台だからこそできる演出のシーンもあり……と、とにかく充実した舞台。ミュージカルでこそありませんがミュージカル俳優でもある花總まりさんがご出演のシーンはダンスや歌もあり、ストレートな会話劇の面白さとミュージカルに近いエンターテイメント性を兼ね備えた舞台でした。
「応天の門」をざっくり説明しますと、菅原道真と在原業平が平安の都で起こる怪事件を解決していくクライムサスペンス。重厚な歴史ものでありつつ、のちに学問の神様として祀られる道真がまだ何者でもなかった青年期を描いており、等身大の若者としての道真の葛藤や成長にスポットライトを当てた物語でもあります。
原作のエピソードをピックアップし、オムニバス形式で複数の事件を描く明治座版「応天の門」。回り盆を駆使したスムーズな舞台転換や、原作をベースにしつつ一本の演劇作品としてまとまるよう練られた脚本はテンポも良く、気づけばあっという間にカーテンコールになっていました。
演出を手掛けたのは劇団四季の「バケモノの子」などを手掛ける青木豪先生。
緞帳が開いてまず目に飛び込んでくるのが、舞台を縦に貫く2本の大きな柱。それが巻子本の軸を模していることがわかりました。その軸が舞台袖に向かって移動していくことによって、まるで巻子本を開くように物語が始まる。日本物だからこそできる開幕の演出に冒頭から痺れました。
映像による背景を多用した演出でしたが、舞台全体を大きな絵巻物に見立てることにより決して平面的になることなく、むしろ歴史上の人物が本の中から飛び出して見えるような仕上がりになっていました。
回想シーンと現在のシーンを行き来したり、また同じ時間帯に違う場所で起きてる出来事を描くことも多かった舞台ですが、この辺りもわかりやすく整理されていた演出で、原作にアレンジを加えた部分も見やすかったです。
そして脚本はミュージカル「ナビレラ」日本初演の演出を担った桑原裕子先生。群像劇としての濃さと、道真という1人の若者の成長譚としての芯の強さを兼ね備え、それでいてテンポを落とさず2幕ラストまで駆け抜ける脚本に圧倒されました。道真の兄の死や貴族、ひいては藤原氏への反感、理不尽に対する憤りを有機的に繋がることで像を結ぶ「菅原道真」という存在の組み立て方がとにかく良かった……!原作が未完結、かつ複数の事件をオムニバス形式で立て続けに描くため、観る前は「どうやって終わらせるんだろう?」と思っていましたが、ラストに作品の大きなテーマでもある「『知』は何のためにあるのか?」を力強く立ち上がらせたことで、それまで起きたことが道真の葛藤と、そしてそこから立ち上がっていく姿に綺麗に収斂していくフィナーレは圧巻。これからも続く日常を示唆しながらも、きちんと一本の演劇として主題で締めて終わらせる、本当に綺麗な脚本でした。
というわけでキャラクター別感想です。
まずは主人公・菅原道真!佐藤流司さんといえば私の中では「仮面ライダーギーツ」のジット。終盤のみのご出演でしたが、ラストに登場するに相応しい異彩を放つ存在感や変身ポーズのキレに圧倒されたのを覚えています。
そんなジット役とは打って変わって、今回演じている道真はまだ何者でもない若者。博識で聡明なれどまだまだ若く、理不尽には真っ直ぐに憤り、貴族の家に生まれながら貴族社会のルールには馴染みきれない。あまり抑揚のない口調や立ち姿に「天才」と「等身大の青年」が共存していて、全シーンで「道真がいる〜〜〜!!!」と感動していました。
兄の死と藤原氏が深く関わっていくことを知り、それでもなお、否が応でも藤原が支配する政治の世界に引き摺り込まれていく。才に恵まれたがゆえの苦悩とまだ大人ではないからこその若者としての普遍的な苦悩を抱え、それでも「自らの『知』を活かすこと」を自分で選択する道真の姿には、彼の政治家としてのオリジンを強く感じました。「『応天の門』の菅原道真」というキャラクターが得た生身の人間が佐藤流司さんだったことが運命的にすら感じる、完璧な、私が見たかった道真そのものでした。
もうひとりの主人公である在原業平。平安時代を代表する色男にして歌人として大人の色気と余裕を湛えつつ、あの時代の貴族社会で生きる社会人であることを感じさせてくれる、リアルな存在感のある業平でした。
業平が常に「大人」であり続けれくれたからこそ安心感のある物語に仕上がったな、という印象です。貴族たちの群像劇にあっては藤原と反藤原という二つの勢力の間に立つ存在として軸になり、かつ道真の物語の中では道真の若さや青さの対比となる大人らしさを見せ、どちらにあっても物語を締めてくれる存在でした。
劇中では高子との駆け落ち未遂(かの有名な「伊勢物語」の「芥川」のシーンですよ……!)のシーンもあるのですが、そこで見せる業平の眼差しはが「唯一の人」に向けるそれであることが2階席からでも分りました。
2幕終盤。難局に直面し苦悩を吐露する道真を再び立ち上がらせたのは業平。奇妙な縁で繋がった道真と業平の信頼が結実する瞬間は時間的な制約がある中で物語を綴ることのできない舞台にあって、確かな積み重ねを感じさせてくれるシーンでした。奇妙な縁で繋がった20歳差のバディが完成した瞬間をこのめに焼き付けることができて幸せです。
昭姫さま。花總まりさんを拝見するのはミュージカル「マリー・アントワネット」以来です。マリー・アントワネットやエリザベス1世、そして代名詞ともいえるエリザベートなど王族のお役をされることの多い花總さんですが、今回演じているのは貴族嫌いの市井の店の主。昭姫が持つ強かさや面倒見の良さは原作そのまま。中華風のお衣装の着こなしがとても艶やかで、2幕冒頭で歌い上げる「さくらのうた」も、安定の素晴らしい歌声でした。昭姫は原作にはない大胆な改変点があるのですが、それも取り込んだ上で人間としての、そして明治座版としての昭姫の姿を繊細に立ち上がらせてくるので、明治座版の昭姫としてすっと受け入れることができました。
白梅ちゃん!もし許されるなら私は「白梅ちゃん♡」と書いたうちわを劇場に持ち込みたいくらいには好きなキャラクターです。道真に仕える女房で漢学に長けた聡明な女性。一方で業平にときめいたりお祭りで心を踊らせたり好奇心旺盛だったりと、年相応の若者らしい姿も持っていて、そんな白梅を高崎かなみさんがチャーミングに好演されていました。
道真とは主人と女房という主従関係にあるのですが、原作以上に道真の仲間という面が強かったように感じました。ここは演者の方がお持ちの雰囲気というか空気というか、とにかく明るいエネルギーを持った白梅ちゃんで、「道真にはこの人がそばに居てくれるなら大丈夫だな」と思わせる安心感がありました。
紀長谷雄。冒頭では観客に対する解説役も務めるのですが、ここでもう声の安定感がすごい。普段ミュージカルばかり観ているので歌舞伎役者の方を拝見する機会があまりないのですが、あの冒頭の長谷雄の安定感で「この舞台は大丈夫だな」と思いました。コミカルなシーンを担うことが多い長谷雄ですが、それも中村莟玉さんが緩急自在なお芝居で確実に観客席を楽しませてくれました。
藤原良房。終始穏やかで静かで、しかし抗えない絶対的な力を感じさせる佇まいはまさしく権力者の器。ベテランのお芝居をしっかりと堪能することができました。
分りやすく権力を誇示することがないからこそ際立つ良房の魅力は、やはりキャリアの長い役者さんが演じてこそ光るというもの。「藤原とはそなたではない」「この儂じゃ」という親嗣に向けたセリフは淡々としていて、それが本当に、ごく当たり前のことを言っているトーンなんですよ。なのに、いやむしろそれをごく普通に述べているからこそ説得力が凄まじい。
歴史が大きな河で、人間がその河をなす水の一滴であるならば、「藤原」という家はもはやダム。流れを止めるも止めないも、良房のその手に委ねられている。藤原そのものに相応しい良房でした。
そんな良房の養子として良房と共に朝廷で権力を握るのが藤原基経です。演者である本田さんがお持ちの、線の細い貴公子然とした雰囲気から滲み出る、相手に油断を許さない緊張感が絶品でした。毒を盛ったはずの伴善男が生還し、計算が狂った苛立ちを忠臣にぶつけるシーンで垣間見える人間らしさもまた良かったです。あそこで血が出るほど強く唇を強く噛み締める基経のコマは原作屈指の名シーンなので、舞台で見られて嬉しい!
伴善男。まず作画が灰原先生の絵柄そのまますぎる。泥臭くも豪快、しかし勘の良さは持ち合わせる。良房とはまた違う強さや権力者像を、西岡徳馬さんが打ち出していました。名門・伴家を背負う矜持が随所に感じられ、だからこそ私が史実を知ってしまっているのがツラい……!
善男といえば原作でも印象的なのが、やはり基経の計略により毒を盛られたエピソード。酒に毒が入っていることを察し、自分は何も知らないかのように飲み干しながら、決して息子には飲ませない。そして中庸や道真が奔走した甲斐もあり、死の淵から蘇ってくる。貴族の政治的な闘争を描く本作においてクライマックスとなるシーンは、生命力と執念が迸るようで素晴らしかったです。
伴善男の嫡男・中庸。ノーブルで柔らかな佇まいにどこか浮いたところがあるな、というのが明治座版の中庸の第一印象でした。しかし中庸が持ち、そして保とうとしている貴族らしさは、歴史という濁流の中で押し流されないよう必死にしがみ付く姿でもあり。父が毒を盛られるという窮地に際して道真に縋り、死に物狂いで父を救おうとする姿こそが中庸の本当の姿であったのだと腑に落ち、また貴族らしく振る舞うことこそ、彼が貴族社会で生きていくためにまとう鎧なのだと理解することができました。
中庸もまた、本質はごく普通の若者なのだと思います。しかし伴家という血筋が、貴族という生まれが、嫡男という立場が、彼を等身大の青年でいることを許さない。すでに社会人として政治の表舞台に立ってしまった以上、学生である道真と違い、「まだ何者でもない若者」であることはもはやできない。貴族社会の中で「何者かにならなければならない」中庸が必死に縋るのは、まだ何者でもない道真という青年。クライマックスでの白石さんと佐藤さんの、すべてをかなぐり捨てた若者同士を演じる魂の芝居のぶつかり合いは胸に迫るものがありました。
源融。嵯峨天皇の皇子として生まれるものの臣籍に降下した人物です。理想の庭園づくりに心血を注ぐ風流を愛する、ある意味「貴族らしい貴族」ですが、佇まいや所作の美しさや品格が確かにその血筋を感じさせ、立体的な融になっていました。「やんごとなき」っていう日本語、きっとこういう時に使うんだろうな。
演者である篠井さんは融のほかに、菅原家に仕えるベテラン女房の桂木も演じていたのですが、女方経験のある方ということもあり、着物のさばき方や所作、声に至るまで違和感がまったくなかったです。プログラムを読むまで同じ役者さんであることに気づかなかった。すごい。
小藤。本作で道真が最初に解決する事件のキーパーソンであり、まさしく「この人がいないとそもそも物語が始まらない」人なのですが、坂本澪香さんのお芝居が一気に物語の世界へと引き込んできました。
一度は貴族の華やかな世界に憧れるも、主人である親嗣の仕打ちに耐えかね屋敷を逃げ出した小藤。そんな彼女が昭姫の店という新たな居場所を得て、京の都を地に足をつけて生きていく姿はしなやかで凛々しく、彼女の幸せを願わずにはいられないキャラクターでした。
そして出番が予想より多かったのが、道真の兄弟子であり基経のもとで密かに暗躍する島田忠臣。若狭さんのお顔立ちがまず原作そのまますぎました。兄弟子として良識のある大人として振る舞いながらも、その実道真には明かすことのできない一面を抱えている。道真に対しても「こちらに来てはいけない」という思いを抱いて生きるのは、自分がもう後戻りできない立場にいると理解しているからこそ。忠臣の苦悩を細やかに表現された若狭さんのお芝居が素晴らしかったです。
そして忘れてはならないのが藤原高子さま。藤原という血で作られた牢獄に囚われた姫君ですが、痛みを抱えるからこその気高く生きる高子を佃井皆美さんが熱演。業平と駆け落ち未遂をした若き日の高子の、透き通るような美しい恋が胸に刺さりました。
「本当に同じ人?」と驚いたのが、藤原親嗣と菅原是善の2役を演じた八十田勇一さん。下女を何かにつけて折檻する親嗣と、高名な学者にして道真の父である是善という対照的な2役でしたが、そのどちらも魑魅魍魎の跋扈する都の世界観に厚みを持たせる重要な役。片や貴族という身分にあぐらをかき、片や貴族の世界に翻弄される。これを1人の方が演じていることに驚きました。
まさか舞台版に出ると思っていなかったのが紀豊城。何の躊躇いもなく暴力を振るう豊城が劇中においても「獣」とすら表現される豊城は原作でも強烈なキャラクターなのですが、登場しただけで劇場の空気を掌握してしまうだけのエネルギーを持ったお役でもあり、そしてあの世界で「紀豊城」という1人の人間を生きた十河さんのお芝居は凄まじいものがありました。
清和帝に加え、道真の亡き兄・吉祥丸を演じたのは木村風太さん。まだ幼い清和帝ですが、朝議のシーンで中央におわすに相応しい雰囲気をお持ちでした。
そして劇中のキーパーソンとなるのが吉祥丸。
物語終盤、道真が事件を解決していく中で救われた人々が道真にかけた言葉が彼に降り注ぎ、やがてそれが一羽の鷹となって飛び去る……という演出があるのですが、そのシーンが、吉祥丸の魂が道真の進むべき道、才を活かすべき道を示してくれたようで、本当に印象的で。その演出に至るまでの、短い人生ながらも弟を愛し、家のための努力し、確かに生きた吉祥丸の人生に木村さんが命を吹き込んだからこそ、あの鷹の演出がしっかりとハマったのだと思います。
明治座版で印象的だったのが、道真と昭姫が双六で勝負をしている最中に漢語で会話をするシーンです。このシーン、原作だとセリフのフォントを変えることで2人が漢語で会話していることを表現しているんですが、舞台版だと本当に漢語のセリフになってます。それがあまりにも自然で、博学な道真の描写に一層の説得力をもたらしていました。
また魂鎮めに祭りのシーンでは当時の祭りを再現したり伎楽を使ったりするのではなく、音楽や照明でかなり現代テイストに振り切り、かつ観客が一緒に参加できる演出になっていました。これは舞台だからこそハマった演出であり、かつ私は観客と演者が一体となる祝祭性のあるシーンが大好きなので楽しかったです。花道で観客を盛り上げる昭姫さまも良かった〜!
クリエイティブスタッフの名前を確認して、音楽担当の和田先生の名前をどこかで拝見した気がするな、と思って確認したらミュージカル「イザボー」の作曲をされた方でした。「イザボー」はロックテイストの楽曲も多くハードで個性豊かなナンバーが特徴的でしたが、「応天の門」の音楽はストレートプレイの劇伴ということもあり、セリフの伴走者として物語に寄り添う音楽でした。劇中歌の「さくらのうた」は歌詞に七五調を織り交ぜていることもあり、日本的な馴染みやすいメロディで素敵でした。
◇
問いはあり、それを解決するための知識もある。しかし真実を白日の下に晒すことで事件が必ずしも解決するわけではなく、鬼や物の怪のせいにして、真実は闇の中に隠したほうが、当時の社会規範に則れば「正しい」こともある。ミステリー作品の舞台にする上でこれほどもどかしい時代はそうそうないと思います。だからこそ理不尽であっても真実を葬ることを時に「正しさ」としてしまう当時の貴族社会に対する道真の憤りはまっすぐに伝わるし、ゆえに「知識をどう使うか?」という作品の主題が見えてくる。その主題を軸にした明治座版は漫画の舞台化作品として素晴らしい仕上がりとなっていましたし、のちに「何者か」になるであろう道真のオリジンが描かれた、1本の演劇としても満足度の高いものになっていました。
「応天の門」に出会って11年。こんなにも素晴らしい演劇と出会えて幸せですし、何より「応天の門」を11年読み続けてきて良かったな、と心から思います。
◇
私にとっては「応天の門」が初めての明治座でした。
浜町駅を出ると、もう明治座って書いてある!わかりやすい!(せっかくなので持参した原作とともに)
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そして出演者の名前が書かれた幟!これが見たかった!
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これを生で見ると「和の殿堂に来たな」という感じがしてテンションが上がりますね。
売店も充実しており、楽しすぎて幕間に買い物をしたらめちゃくちゃ荷物が増えた状態で2幕を見る羽目になりました。買うタイミング考えるべきだったな。買ったものがこちらです。
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新橋演舞場に行った時も思いましたが、歌舞伎をやっている劇場って食べ物がとにかく充実してますよね。今回買ったものも両方美味しかったです。
来年は帝劇の改修に伴い明治座でミュージカルが上演される機会が増えるので、行くたびにお土産を買って帰りそうです。今回は開演ギリギリに劇場に着いたので時間がなかったのですが、次行く機会があったら中の喫茶店とかも行きたいですね。
改めて、舞台「応天の門」、本当に楽しかったです!宝塚版のDVDも実はキャトルレーヴで買っているのでこちらも観ます!
本日もお付き合いいただきありがとうございました。