読書を習慣づける方法~天邪鬼・貧乏性編~
幼稚園から小学生時代はなかなかの内向的な少女だったため、本が友達だった。さらに小学校から家まで1.5kmの道のりをあの短い足で登下校していたもんだから、すこぶる遠く感じ、なんとか家まで気を紛らわす方法がないものだろうかと思って考えたのが国語の教科書を読んで帰ること。
別に読みたくて読んでいたわけではないのだが、小さい体にランドセルしょって、国語の教科書を読んで帰る姿は、いつしか近所で
「秋田の二宮金次郎」
とまで呼ばれていた。
「さほど頭よくないのに、みんなにきっと東大に入るわよ!なんて言われるから教科書読んで帰るのやめなさい」
と母に言われた。この子、東大に入っちゃうかも!と浮かれるのではなく、きちんと娘のIQ具合を把握していた母エライ!
とまあ、そのあたりまではほんとに本が好きだった。中学時代は色気も出て来て、コバルト文庫、いわゆる少女向け小説なんてものを読み、恋愛妄想をしたりもしていた。
しかし、だんだん大人になるにつれ、部活動が忙しくなり、社交性が出てくると友達も増え、彼氏までできちゃうと本を読む時間がない、いや読む気がしなくなってきた。
社会人になると、読んではいるのだが読むペースが遅くなり、だんだん読まなくなる。そして現在、インターネットから垂れ流されてくる大量の情報を読みあさっていると、スマホを見ているだけで疲れ、結果、本を読まなくなる。
しかし、本を読みたい欲求は常にある。本を読むことで逃避行できるし、あっと驚くような知識を得られる。読みたいのに読めない。ページが進まない。さて、どうすれば習慣化できるのか。これはもう永遠のテーマである。そこで、人に会えず、有り余る時間があったコロナ禍で、ありとあらゆることを試してようやっと習慣化に成功し、現在に至る。
わたし、僕、天邪鬼なんだよね、めっちゃ貧乏性で困るという方はきっと共感できるはずの内容であると思われると思って書いた(笑)。
なぜ本を読みたいか
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