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間違われた女

全国ニュースで取り上げられるもんだから、秋田=クマ多発なイメージになっている。秋田に帰省するというと皆が皆心配する。

「クマに気をつけてね」「クマベルあげようか?」「外にでちゃいかんよ」「どうしても帰らないといけないの?」

最後のコメントは、あなた、わたしの彼女でした?と、思ってしまう、もはやよくわからない心配になっている。他方、秋田に帰ると、みんなクマ慣れしちゃったのかどうかしらんが、「クマいたよね~」なんて話を、「朝、ご飯食べたよね~」といった日常会話レベルになっている。

「こないだ堤防にいったらクマのうんこちゃんあったよ!」

犬のうんこちゃん並みに気軽に話す始末。あったよじゃなく、気をつけなされ。とはいえ、クマが出るからとあっちもこっちもいけないとなると不便でならない。

かといって、ツキノワグマ等情報マップシステム【クマダス】でクママークがある周辺に行くのはやはり問題。

しかし、帰省したからには旧友たちとも飲みたい。クマ勃発注意報が出ている今、歩いて40分ほどの居酒屋に行くことにした。行きはシルバーマークをつけた父親に送ってもらい、帰りはタクシーで帰ってくることを条件に外出が許された。この年になって外出制限されるとは夢にも思わなかった。まあ、ダメといわれてもいきましたが。

5時半から飲み始めて、盛り上がりに盛り上がり時計をみるとすでに4時間経過。事前にタクシーアプリ「GO」で呼べることを確認していたので早速、アプリを開いてみる。

都心部であれば、自分のいる場所にうようよとタクシーマークを見ることができるし、いなくても、5~10分以内には配車可能な位置にいる。飲み屋に来る前も試しにやってみたら10~15分で配車となっていた。

が、時は年末の夜。自分のいる場所はおろか、秋田駅前にピンをたてても同じ文言が出るのみ、車のマークはどんなに広範囲に広げても出て来やしない。

近くに車両がありません。場所を変えて再度お試しください

何度、お試ししたことだろうか。するとカウンター越しにおかみさんがにっこりしながら、手をふりふりしている。

「今の時期は無理よ。うちでタクシーを呼んでも、無理ですって断られるもの。歩けるなら歩いたほうが早いわよ」

そうなのだ。40分くらいだったら雪道でも平気で歩ける。しかし、お母さんからタクシーで帰ることを条件に外出許可をとったのに、帰りにクマに襲われて、病院から電話があったりしたら、卒倒してしまう。

隣に座る友人はもうあきらめモードで帰り支度を始める。仕方ない、歩くか。ちなみに、友人の家はわたしの家の途中にあるために、送る恰好になった。

「クマが心配なら、泊まってく?」

そんな誘い方ある?と二人で大笑い。にしてもだ・・・寝る前には必ず風呂に入りたいし、実家のふかふかの布団で寝たい。

「クマっぽい影を見つけたら、民家に逃げ込むわ」

「耳が遠いじいさんばあさんの家だとあけてもらえないかもしれないじゃん」

確かに。もうなるようになれだ!

「心配だから、帰ったらラインちょうだいね。くれぐれもクマと闘おうなんて思わないように。じゃね」

と家に入っていった。クマと闘うように見えるのだろうか。私。

家に向かう道は、メイン道路ではないため、車も通らなければ、人っ子一人いない。冷たい風を存分に浴びながら、自然と肩があがり猫背になりながら家路を急ぐ。転ばないように、ペンギン歩きでちょこちょこと進みつつも、若干、小走りで先を急ぐ。こういうときにフード付きのダウンを着ればいいのに、都会風のネイビーの薄手のロングコート。真っ黒いロングスカートに、足元はお母さんから借りてきた真っ黒なふわふわブーツ。全身、黒づくめのXファンのような恰好で歩いていた。帽子もなく、耳当てもないもんだから寒くて仕方ない。おー、寒い寒い、と手を耳に当てた瞬間、ワイヤレスイヤフォンに指がかかり、ポーンと飛んでしまった。

し、しまった!!!!しかも、雪で覆いつくされた道路と同じ、白のワイヤレスイヤホン。なかなかのお値段だったものだからあきらめるに諦められない。

最悪だ・・・とブツブツいいながら、イヤホンを探すべく、スマホで音楽のボリュームをあげてみた。左耳に挿入されているイヤホンからはガンガン聞こえてくるのに、外からは全く聞こえない。腰を曲げてどこだどこだと右往左往。すると、車のヘッドライトがのびてきた。

おお!ナイスタイミング。イヤホンが光らないかなと、さらに腰を低くしてウロウロする。それにしても、車がなかなか近づいてこない。ムックと起き上がり、車のほうをみたら、なぜかバックしていく。

家を探しているのか、はたまた迷子になったか、もしくは家の前が除雪されていなくて入れないとか・・・まあ、いい、そのままヘッドライトを照らしておいてくれ。

またもや腰を曲げ、あっちふらふらこっちふらふらと探す。そして、奇跡的にきらりと光るブツを発見し、無事にワイヤレスイヤホンを救助できた。

そのタイミングを待っていたかの如く、車がゆるゆると近づいて来た。あなたたちのヘッドライトのおかげで、高級ワイヤレスイヤホンも救助できたことだし、もし迷子であれば教えて差し上げますよといった感じで、やさしく微笑みながら車のほうに向きなおった。

通りすがりににっこりしてみると、恐る恐るといったちょっと不安を感じる眼差しでこちらをみる助手席の女性と目が合った。が、その瞬間、車が加速し、あっという間に通り過ぎて行った。

なんなんだよ、まったく・・・

は!も、もしかして、誘拐する気だった?!いや、まだどこかの国が拉致を画策しているのか?は!若くなかったから、こりゃダメだとあきらめて爆走したとか?いずれにせよ、無事でよかったわたし。

そんなこんながあり、1時間かけて無事帰宅。あんだけ心配していた両親はすっかりおやすみ体制で、裏玄関だけ灯りがともっていた。

次の日。朝起きるなりお母さんが突進してきた。

「ちょっと、あんたタクシーで帰ってきたのよね。大丈夫だった?」

大丈夫だから、こうやってここにいるのである。

「なんなのよ。朝から」

「昨日の夜、ここから1kmあたりのところでクマの出没情報があったんだって」

ということは・・・とかくかくしかじかと昨日の夜の出来事を話す。

「クマと思ったんじゃない?そんな黒い恰好してるんだもの。だからいったでしょ、明るいダウン貸してあげるって」

そんなことは言ってない。それよりも、クマに間違われる女ってどうなんだろか。

年をとったら明るい服を着たほうがいいとはいうが、表情が明るく見える、若く見えるという前に、クマ対策のためにも明るい服を着るべしと肝に銘じ、早速、ユニクロの初売りに走ったのだった。


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ゆきんこ
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