毒親からの解放ストーリー (34)
父とお茶を飲みながら雑談していると、母が入って来た。おもむろに彼の前に座ると、雑談に割り込むようにして、彼の家族について尋ね始めた。
「お父様は何をしているのかしら?」
ここから母から彼への質問は、まるで取り調べのような感じだった。冷や冷やしながら見守っていた私の心配をよそに、彼は母に対して、淡々と、そして冷静に自分の家族について話し始めた。
彼は静岡県熱海市で内科医院を経営している三代目だ。二代目である大志の父親も地元に密着した診療を心掛けており、医師会の会長も務めている。祖父の代で医院を開業すると、診療の傍ら、往診もしていて、地域での評判が高かった。
大志の父母も医者なので、父親の真一の代になると、夫婦二人三脚で医院を現在のように大きくしていった。ユリは大志の家に直接挨拶には行ってはいないが、電話での挨拶は済ませている。
そんなことを大志はユリの母であるみどりに報告をした。そしてこう話を続けていった。
山田内科医院の設立者である祖父の潔は夜中でも往診の依頼があれば、すぐに駆け付けるような医者だった。おまけに祖父はお金持ちから治療費を受け取ったが、お金のない人には無料で診察をしていたのだ。だから医院の玄関前にはいつも収穫したての野菜や山菜などが置かれていたそうだ。当然食べることには困らなかったが、財を成すことは出来なかった。
しかし大志の父である真一は小さい時から潔の医者としての姿に憧れを抱いていて、見事に国立の医学部に現役合格をはたし、医者になった。その時の同級生だった美智子と結婚をすると、真一は一般内科、美智子は皮膚科医として大学病院に勤務していた。
しかし、祖父の潔が五十代半ばという若さで進行性の胃癌を患うと、あっけなく他界してしまった。急遽実家の医院を継がなくてはならなくなったが真一は医院経営よりも研究者として大学へ残りたかった。しかし妻の美智子は、経営者としての才があった。
彼女の実家は石川県で九谷焼の窯元で、何人もの職人を使って、手広く事業を展開していた家の長女だった。長男が家業を継ぐことになっていたので、美智子は大学入学を機に家を出たのだ。
そして潔の三回忌法要が済むと内科医院を継ぐために二人して実家に戻った。医院の内情は借金こそなかったものの、経営は芳しくなかった。そこで美智子は医院の立て直しを図るために、皮膚科の知識を生かして、美肌効果が得られる漢方を使った化粧水やクリームを作って、医院で販売してみた。すると、それらはニキビ治療に効果があるという評判を得て、美智子の皮膚科には患者が押し寄せたのだった。そうして山田内科・皮膚科医院は経営を立て直し、真一は地域の医師会に積極的に取り組んで、現在は静岡県医師会会長として県民の健康のために尽力している。
みどりは、彼が話している前では常識的で、話の分かる母親を演じていたが、時おりユリを見る目は相変わらず厳しく冷たかった。
何故私を敵視するのだろうと思いながら、これが私の母親だから仕方ないけれど、この家を出て相手の家の籍に入ったら、母とは出来るだけ縁を持たないようにしようと改めて決心したものだった。
それでも機嫌良く大志の話を聞いてくれていた母。そして父は出来の良さそうな将来の娘婿に対して大歓迎な様子だった。
彼という存在は、母のプライドを満足させた人だったようだ。
しかし私が帰り支度をしていて、彼が父と帰りの挨拶をしている時に、素早く私のそばに来た母は、こう釘を刺した。
「医者と結婚するからといって調子の乗るのもいい加減におし、ウチのアパートに入ってもらって、しっかり私達の老後の面倒を見てもらわなくてはね」
そう言っていつものように毒を吐いた。