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【映画批評】『お母さんが一緒』橋口亮輔が挑む和製ウディアレンな姉妹の物語
はじめに
本作は橋口亮輔監督の「人の心の「はらわた」を見つめる」目線がコメディへと転化されていた。橋口監督の映画は、人の汚い部分を描いた上で肯定して見せる優しい映画である。橋口監督の人間への愛や憎しみがドラマへと昇華され、今回も大好きな橋口監督の新しい一面が見られて嬉しかった。和製ウディアレンのような映画だったが、日本でこの種類の映画を観たことがなく、しかも、和室の網目のような構図で展開されるのが新しくて素晴らしい。
「恋人たち」「ぐるりのこと。」の橋口亮輔の9年ぶりの監督作となるホームドラマ。ペヤンヌマキ主宰の演劇ユニット「ブス会」が2015年に上演した同名舞台を基に橋口監督が自ら脚色を手がけ、CS放送「ホームドラマチャンネル」が制作したドラマシリーズを再編集して映画化。
物語
親孝行のつもりで母親を温泉旅行に連れてきた三姉妹。長女・弥生は美人姉妹といわれる妹たちにコンプレックスを持ち、次女・愛美は優等生の長女と比べられたせいで自分の能力を発揮できなかった恨みを心の奥に抱えている。三女・清美はそんな姉たちを冷めた目で観察する。「母親みたいな人生を送りたくない」という共通の思いを持つ3人は、宿の一室で母親への愚痴を爆発させるうちにエスカレートしていき、お互いを罵り合う修羅場へと発展。そこへ清美がサプライズで呼んだ恋人タカヒロが現れ、事態は思わぬ方向へと転がっていく。
長女・弥生を江口のりこ、次女・愛美を内田慈、三女・清美を古川琴音、清美の恋人タカヒロをお笑いトリオ「ネルソンズ」の青山フォール勝ちが演じる。
原作を橋口亮輔がいかにして自分のものにしたか
原作ものにもかかわらず、橋口亮輔のものになっている。橋口監督の人の暗い部分を見る目線や社会への憎悪のようなものがケレン味があるコメディに転化されていた。
まず、シナリオが秀逸である。三姉妹の葛藤は、「母のようになりたくないがなってしまう」こと。これを説明を排した「台詞のアクション」で描いていくので面白い。冒頭の三姉妹が車を押すところから引き込まれた。全く説明的なセリフを使わずに、状況と日常会話のみで三人の生き方や人生を描いていく。橋口監督の演出のテンポも早く、密室で登場人物たちが動くので、見ていて飽きない。
ネガティブな事しか言わない母を嫌うが自分たちも同じことをしてしまう。そして、タイトルロールである「母」を見せないことで、説明的な表現を避け、三姉妹の葛藤にフォーカスを当てる。起承転結の起で三姉妹の葛藤やキャラクターを描いた後、三女の婚約者が登場することで、場は掻き乱され、三姉妹は、互いの葛藤と向き合わなければならなくなる。
婚約者の素朴で優しい人柄に会ったことで、ネガティブだった三姉妹がそれぞれ日常や人生に心のオアシスを見出していく。三女は思わず婚約者に「あなたに子供さえいなければこんなことにはならなかった」と言ってしまうが、翌朝、何食わぬ顔で戻ってきた婚約者の、「覚えていない」という優しい嘘に感動した。
橋口監督の、人の汚い部分を見せた上で肯定する本当の意味で温かな人間讃歌である。橋口監督の映画は、キャラクターたちの社会から溢れた部分を炙り出すが、今回も徹底的に三姉妹の角質を炙り出した上でそれを肯定し、爽やかな感動へと導く。もはや、ブラックコメディなのだが、僕はとても好きだった。
ウディアレンもそうだが、頭がよく生きづらい人は、ケレン味のあるコメディが得意なのかもしれない。同じような非ウディアレンによる類似作品ではロマンポランスキーの「おとなのけんか」がおすすめである。こちらも密室劇である。
最後の三姉妹が温泉に入るシーンが爽やかで好きだ。
橋口亮輔の演出術
橋口監督が、配信でも楽しめて一本にしても映画として完成するように挑んだ。
「江口のりこです」といつも通りただ仕事をするだけでは人の心に残らない。と橋口監督は思った。ただお仕事をするのではなく、自分の心にあるものを役者さんに使って欲しいとリハーサル前に言ったそうだ。橋口監督は、雑談をしてそこから役者さんに役を膨らませてもらったそうだ。
とにかく、主役の三人の女優さんが素晴らしく、僕は福岡出身だが、彼女らは九州弁も完璧である。ネルソンズの青山さんが作品にアクセントを加えていて良かった。お三方とも、もし九州に移住してもよそ者とバレないだろう。特に古川琴音さんの方言は良かった!!橋口監督自らが長崎弁で方言のデモテープも吹き込んだそうだ。
本作はタイトなスケジュールを成立させるためにマルチカムで3カメで撮影されている。橋口監督は、素材ではなく人間の芝居を見せる映画として成立するマルチカムを目指した。事前に絵コンテを描き、どのショットを使うか決まっている。ほとんどが旅館の一室だが、橋口監督と上野彰吾キャメラマンは、沢山の画の引き出しを次々と開けていき、飽きさせない。常時2カメで撮影しているそうだ。編集はゴジラマイナスワンの宮島竜治さんが手がけた。宮島さんが瞬時にショットを選びテンポよく繋げたそうだ。
観客が見たい時に見たいものが見られるようにマルチカムですべて拾ったそうだ。そのため、スタイルにこだわるということを今回はしなかったそうだ。
ワンカメで丁寧に空気に浮かぶ感情を切り取った『恋人たち』の方が個人的には好きな撮影だ。
総括
橋口亮輔作品としては笑えるコメディとして新境地である。和製ウディアレンのようなケレン味も良かった。しかし、映像面ではもっとワンカメで橋口スタイルを楽しみたかった。
演出☆☆☆☆☆
映像☆☆☆
物語☆☆☆☆
テーマ☆☆☆☆
72点