詩人の言葉
詩人、丸山薫の一篇に「詩人の言葉」という短いものがある。
いまは亡き中原中也が言った
「海には人魚はいないのです
海にいるのは
あれは波ばかりです」と
第一連がこうして始まって、この中也の言葉が生きたまま、いつしか波を人魚に変えたと続く。
恩師や友人、または歴史上の人物ら死者の言葉が心のなかで生きていて、ずっと残っているという経験は少なくない。しかしいくら言葉が生きているからといって、波を人魚にというふうに、現実を変えてしまうことがあるのかどうか。
あるいは詩人の言葉は、身が死してもなお、それだけにいっそう言霊の力で物事を変容させる魔力があるのかもしれない。詩人という詩人は、その言葉で現実をさまざまに転化させる人なのかも。
わたしにはやはり、波は波であり、人魚は人魚にしかすぎないが、それでも死者となった丸山と中也の言葉はこうして残っていく。いつの日か、海の波が人魚の吐息に見えたら、それはこの二人の詩人のおかげだろう。