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「春画」
田村隆一のきわめてユニークな一篇「春画」、ある一枚の春画をめぐる詩のような随想のようなオマージュのような作品だ。
ベッドにひっくりかえって本を読んでいたら
不思議な春画が迫ってきた
眺めているうちに性欲が減退してくるという
奇妙な春画
この絵の作者は、絵を描いては押し売りしてお金を工面し、それでもままならないときは春を鬻ぐこと以外なんでもやったとある。それでようやく妻の分の旅費を稼ぎ、自身もやがてヨーロッパを旅した。そのあいだの苦役の放浪によって、現代詩の傑作ともいう詩を発表する。売り飛ばした春画の数々がそれを生み出したとあれば性欲など湧くはずもない、というのだ。この春画作者ならびに詩人こそ、あの金子光晴であった。
男の押し売りの春画がその詩集を支えてきたことを思うと
性欲が減退するのはあたりまえじゃないか
それにとってかわってわが魂は燃えて燃えて
性欲とは違う意味で悶絶する詩人田村、そして、そうせしめた金子の破天荒な苦心、私は楽しいやらうれしいやら気概や頼りがいやら、戦争や敗戦やおどけや真面目やいろんなものがごちゃごちゃになって、ますます彼らのファンになった。
※画は作中登場する、金子が好きだったという鳥居清長「美南見十二候 七月 夜の送り」