ゴセシケを求めて
緊急事態宣言が解除された後の、2021年10月。
かねてからもくろんでいた「県をまたいでの移動」を決行しました。
隣の県まで、ある本を借りに行くのです。
タイトルは『合成怪物の逆しゅう』。
作者はレイモンド・F・ジョーンズ。
岩崎書店から2004年に発行された、SFの子ども向け抄訳です。
もとは1967年に同じ出版社から『合成脳のはんらん』と題して出ていたもので、「子ども時代のトラウマ本」として多くの方々がネットに書きこみをしていました。
特に「ゴセシケ」なる通称の合成怪物が印象的らしいです。
残念ながら私の通う小学校にはこの本はありませんでした。
なぜそう言えるのか。
私は怖い話が好きな子どもだったので『合成脳のはんらん』なんてタイトルの本があったなら、手を出さないはずがないからです。
ちなみに小学校で読んだのは、ポーの『黒猫』、ラヴクラフトの『冷房をおそれる男』(いずれも少年少女講談社文庫/ふくろうの本『怪談(2)』に収録)、「昭和27年、大高博士をおそったほんものの亡霊」でおなじみ『わたしは幽霊を見た』(これも少年少女講談社文庫/ふくろうの本)などです。
これらの恐怖はいまだに心の奥底に残っています。
「怖いもの見たさ」は今も変わらず、『合成怪物の逆しゅう』が読みたいと思うのです。
ちなみに、この本は現在絶版で、古書としては一万円を超える値がついています。そんなの到底買えないし、今住んでいるところの図書館にもない。これは国会図書館に行くしかないか? そう思いつつ、近隣県図書館を検索してみたところ、あった! ありました! 隣の県の、図書館ではなく、公民館の子どもの本のコーナーに!
これは行くしかありません。ルートを検索して、緊急事態宣言の終わるのを待ちました。来る日も来る日も頭の片隅には「ゴセシケ」が居座っています。
いよいよ当日。電車で西へ一駅。駅前からはバス。七つ目の停留所で下車。少し歩いて某学校の裏へまわると、目指す公民館がありました。緊急事態が明けたとはいえ、まだ学習室などの開放は行われておらず、静まりかえっています。
子どもの本のコーナーは二階のようです。早速階段を上がりましょう。いよいよゴセシケとご対面です。
カウンターの職員さんに訊いて、目あての棚へ。
そこには燦然と輝いて見える『合成怪物の逆しゅう』の背表紙! 棚から抜くと、おぉ、これがゴセシケ! 表紙に一つ目の怪物が描かれています。いいぞ。怖そうだ!
利用カードを作ってもらい、無事に本を借りることができました。
ゴセシケを鞄に入れ、来た道を戻ります。
バスで来ましたが大した道のりではなかったので、駅まで歩くことにしました。
それに、往路でバスの中から見た風景には見覚えがありました。この道は確かずっと前に行ったラーメン屋(美味しい!)がある通り。あのお店はコロナ禍を乗り越えてやっているだろうか。確かめるためにも、歩かなければなりません。
「私は今、ゴセシケと一緒」という誰にもわからない喜びを噛みしめながら歩きます。道程を半分ほど過ぎ、ラーメン屋があるあたりにさしかかりました。元から看板も出ていないし、店内の照明は暗く、入口まで行って「営業中」の札が出ているのを見て初めて「開いている」とわかるような店です。
しかし、手前まで来ると、店内を覗くまでもなく、かんすいの匂いのする湯気が漂っていました。
良かった。健在だった。この日は食事を済ませていたので「今度本を返却に来るとき寄ろう」と思って通り過ぎました。
帰宅後、早速『合成怪物の逆しゅう』を読み始めました。
(以下、内容に触れています)
物語はいきなり事件から始まります。
若く有望な研究者ジョンとマーサの夫婦は、見知らぬ車に衝突され、崖下に落とされました。気が付いたときには、二人は脳だけの存在になっていたのです。
それは、ある組織のしわざでした。組織は「人工頭脳装置」を使って人々を導き、理想の=自分たちにとってだけ都合の良い世界を作り出そうとしていたのです。その人工頭脳のためには優秀な科学者の脳がたくさん必要でした。ジョン夫妻も装置のために脳を採られてしまったのです。
こんな組織を許しておくことはできません。ジョンは脳波で研究室のロボットを遠隔操作し、自分のかわりに活動できる生物を作ることにしました。
その生物の名は、合成神経細胞群塊。略して「ゴセシケサボ」。さらに略して「ゴセシケ」です。
ゴセシケはカエルくらいの大きさで、ジョンの目のかわりとなる眼球が一つ。ぶよぶよとした体を屈伸させて移動します。
初期のゴセシケは太陽の光にあたっただけで死んでしまったりと脆弱でしたが、改良を重ね、ついにかなりの行動力を得ることができました。ジョンは味方になってくれそうな人々の元へ量産型ゴセシケを送り込み、自分たちの置かれた状況と組織の陰謀を伝えようとしますが……。
異様な怪物ゴセシケ、口封じのため組織によってあっけなく殺される人々、組織の陰に政府の存在があるのを察して口をつぐむ新聞社。スリルとリアルさが満載の物語は、子ども向けの抄訳だけあってたちどころにクライマックスを迎えます。
人工頭脳装置に組み込まれてしまった科学者たちの脳は、協力してジョンとマーサの「体」を作り上げました。ゴセシケよりは人間に近いものの、やはり化け物じみた体を得たジョンとマーサは組織の陰謀を告発。人工頭脳装置は破壊されました。
人工の体は長くはもちません。ジョンとマーサは静かに死を迎えます。そのときの二人はもう怪物ではありませんでした。元の穏やかな人間の姿に戻っていたのです。
(ネタバレはここまで)
――この切ない終わり方はどうでしょう。
良かった。本当に読めて良かった。
途中で「珍しい動物見っけ!」なノリでゴセシケを追いかけて、結果的に悪者を牽制する活躍を見せた子どもたちや、上司に反対されても組織の陰謀を報道しようとする新聞記者など「もっと詳しく書いて欲しかった」部分が多々ありました。
そこで調べたのですが、この作品は抄訳しか出ていないのですね。原書にあたるしかないのでしょうか? 原書といっても古いし、見つかりませんよね(その前に、英語力)。
ちなみに原書は1962年の発行。原題は『The Cybernetic Brains』です。かっこいいですね。
……とか調べていると、SF作家の山本弘さんがWebサイト「シミルボン」でこの作品について書いているのを発見しました。
>東京創元社の編集さんに、「『ラモックス』みたいに『合成怪物の逆しゅう』も全長版、出さないの?」と訊ねたことがあるんですが、「実は全長版はあんまり面白くない」という返事でした。(2016.10.14 岩崎書店・児童向けSFの世界〈後編〉より)
……そうなのか。残念。
ゴセシケを有する公民館には岩崎書店の冒険ファンタジー名作選が全巻揃っています。
素晴らしい。
道中でラーメン屋さんにも寄れることですし、また借りに行こうと思っています。
(終)
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