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小説「ムメイの花」 #41手がかりの花

「これは覚えのある、あの香り……」

指についた香りは
えぐみや苦み、青臭さを感じさせ、
一瞬にして何事もなかったように消えた。

代わってどこか懐かしい思い出が蘇る。

頭に浮かんだイメージは
CHAPLINの主人との出会いや
いつもの仲間との毎日のやりとり、
別れ、再出発。

さらに体が何かに包まれる記憶……。


僕は地面に放り投げられた本を拾い、
ブラボーの元へ。

ブラボーは自分の本が動いたことに驚き、
未だ尻もちをついたままだった。

僕が近づきとようやく立ち上がり、
お尻をはたく。
舞った砂埃に2人でむせた。

「ブラボーはこの本から
 香りを感じないかい?」

「香り?印刷の匂い?
 あの匂いを嗅ぐと
 お腹がゴロゴロと鳴るんだよ。
 もしかして、今もお腹の音が!?」

「そうじゃない。
 特にこの黒い所からだと思うんだけど」

僕は黒くなっているページと
汚れた自分の指を見せ、
ブラボーに嗅がせる。

「何も感じないなあ」

「気のせいか……」

僕は手がかりが見つからないか、
本を逆さまに振ったり、
叩いてみたりした。

本を叩く度、八の字眉で心配そうに
本を見つめるブラボーが気になる。

ブラボーの頭脳と本は
繋がっているようにも感じて、
僕が本に刺激を与えることで
知識まで飛んでしまわないか心配だ。

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繋がっていると言えば、
デルタはどう思うだろう……

カメラで写す世界が
デルタと繋げてくれる気がする。

僕は首からかけていた
デルタのカメラを使って、
この状況を写真に収めようとした。



いつかの朝、
デルタが言っていたことを思いだす。

香りを写真に収めるには
どうしたら良いんだろう、と。

まさに今、
デルタが感じていたことがわかる。

どうしたらこの状況を、
言葉のない画だけで
伝えることができるだろうか……

試行錯誤、ブラボーと本を写したり、
地面に本を置いて撮影をしてみたりした。

「僕は何をデルタに伝えたいんだ……」

考えたのは残された黒の”証”。
黒く汚れた部分を
シンプルに写すことだった。


何度かシャッターを押した後、
僕はカメラを下ろした。

「ブラボー、本の上で
 黒い粉を触ることはあった?」

「大切な本の上で
 そんなことをするはずがないさ」

「本当に?ムメイの街に花が咲いていたとき、
 この本に花を近づけた、とかさ?」

「花?アルファは何を言っているんだ」

「この黒い汚れは花が枯れたときの
 灰かと思ったんだ!」

「そんなこと……あれ?そういえば!
 いつかの朝、開店前の本屋を掃除したあと、
 アルファの家に行く時間になるまで
 本を読んでいたことがあった!

 集中していたら本屋を出る時間が過ぎていて、
 花をしおりにしたっけ!」

「生まれたときからムメイ人なのに
 花の灰の特性を考えなかったのか?

 本に挟まれた状態で灰になったら
 汚れて読めなくなってしまうだろ!」

「まあこの本は全て覚えたから
 黒くなっても問題はないよ!」

「なら87ページに書かれた内容は?」

「疑問を疑問のままにしないこと」

僕は87ページを開いてみた。

「すごい、正解」

ブラボーは八の字眉のまま
僕の手から本を取り返す。



「……じゃなくって!
 灰だったとしてもなぜブラボーの本から
 芽のようなものが成長したんだ?
 そうだ!僕は灰を集めて調べてみたいと思う」

「灰を?アルファは花なしで
 どうやって灰を集める気?」

「探すんだ。
 チャーリーにも聞いてみよう。
 以前は花を3本持っていたし
 何か知ってるかも」


僕とブラボーは向かい側に建つ
チャーリーの家の方を見た。

チャーリーは家の物置きの影に隠れ、
背中を丸めてモゾモゾ動いている。

チャーリーの元へ近づくと
ポケットから黒いものが入った小瓶を出し、
空に透かしては懸命に見ていた。

見終わるとまたポケットに戻し、
ポケットの中から別の小瓶を探しては
同じことを繰り返す。


ブラボーはチャーリーに声をかけた。
「おはよう、チャーリー」

「お、おはよう!」

チャーリーは慌てて振り向き、
小瓶をポケットにしまう。

汗をかいて落ち着きがない様子。

「おはよう。今何してたの?」

「え?な、何って?
 何もしてないよ!」

僕はチャーリーに
本に起こった出来事を話した。


「……というわけで。
 灰のこと何か知らないかな?」

「し、知るわけないだろ!
 えっと、あの……。
 け、今朝ボクは忙しいんだ!
 その話はまた今度ね!」

そう言ってチャーリーは
たくさんの汗をかきながら
駆け足で家に帰っていった。

チャーリーが隠れていた物置を見ると、
黒いものが入った小瓶が
何個か落ちていた。


「アルファ、
 今朝は僕たちも戻ろうか」

「そうだね、ブラボー。
 また明日聞いてみるとしよう」


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