小説「ムメイの花」 #45満点の花
朝の日課。
家の前に立つ。
右手には1本の花。
ムメイにあのときと同じ朝が戻ってきた。
右手に持つ花は今朝、
家の屋根から摘み取ったもの。
それぞれの方法で
ムメイに住む人たちが1日を始め、
街は動きだす。
地球へ向かうロケットも飛ぶようになり、
ロケットが発射する音が街中に響き渡る。
あのときと違うことを挙げれば、
僕がカメラを首からかけていることくらい。
そんな今朝は右手がだるい。
昨日、家に帰ってから
未だ謎に包まれている
「ハナヲミヨ」の意味について、
自分の考えを文字に起こしてみた。
文字にしてみると相当な文字数。
だるいのはそのせいだ。
今もぼーっと空を見上げながら
考えをまとめていた。
空を飛んでいくロケットを写真に収めようと
左手でカメラを構えたとき、
僕は気がついてしまった。
右手に花を持ったことで
カメラのシャッターを
押すことができないじゃないか。
もしブラボーやチャーリーに
この想いをぶつけたなら、
左手に持ち替えろと言われそう。
……そんなことより
「カメラじゃなくて
花を見て考えろってか」
右手に握る花に視線を移すと
急にそれとなく考えがまとまる。
「ハナヲミヨ」の答えは
誰も教えてくれることはなかった。
人に答えや考えを聞いたところで、
ピンと来なかったのは
僕が完全に納得できなかったから。
今の僕にとって納得できた答えは……
「ハナヲ ミヨ。オマエニ フソクスルハ、ハナヲ ミルチカラヨ」
すなわち「こころの中の答えを見つける」こと。
こころの中の答えは
自分自身で隠していたり、
気がつかなかったりする。
当たり前のことだとか
ありがちな答えだと
言われるかもしれない。
かつての僕が聞いたら
多分そう言うだろうし。
それに、こころは
見つけようとしなくても
別に問題はないんだ。
ただ、こころの中には
何にも依存しない自分がいて、
自分が求めたいことが
隠されていると考える。
かつての僕は
数字に頼っていたことで
感情を失い、毎日が味気なかった。
だから数字を手放し、
感情を取り戻すべく
花を通じて奮闘する日々を送った。
それでもどこか満たされず、
軸が定まらない自分。
それが今、急に考えがまとまり、
自分の中で土台ができあがったような
安定感を感じている。
こころの中が見えたんだ。
どうやったのか?と聞かれれば、
感情任せにこころを見たのではなく、
感情の強度をコントロールしたということ。
物語だとすごい飛躍に思えるけど
人生は急激に変わることはないから、
適当にこの先も気長に行こう、なんて。
さて。
シャッターが押せなくなった
カメラについてはどう対処しようか。
デルタはいつ
僕の元に戻ってくるのだろう。
「おーい、アルファ。おはよう!」
ブラボーがいつものように
本を抱え走ってやってきた。
石に躓き、本を落とす。
「ブラボー、美しい朝だね」
向い側からは強い視線を感じる。
視線の持ち主はチャーリー。
チャーリーは両手に3本花を持ち、
まっすぐ僕を見て歩いて来る。
「おはよう!アルファ!」
「元気なチャーリー、おはよう」
この街やムメイの人のこころに咲いた花は
有り難いもので今の僕にチカラをくれる。
そうだ……
カメラを持ち主である
デルタに届けに行こう。
そして「見ると絶対に感動する」という花を
自分の目で見て来よう。
ブラボーとチャーリーが集合してから
僕は自分で出した答えを口にした。
「2人に言うことがある。
僕は地球に行く決意をしたよ」