小説「ムメイの花」 #36夢中の花
朝の日課。
家の前に立つ。
右手に花はない。
僕は今朝、久しぶりに家の前に立っていた。
ただ空を見上げる。
本来ならロケットが飛んでいくはずの空。
どこまでも遠く、広い。
せっかく何もない空を見ていたのに
鳥が飛ぶ姿が視界に入ってくる。
しかもまた何か咥えているじゃないか。
鳥のヤツ……
あいつのせいでブラボーとの会話中にパンを盗まれた。
あいつに花を咥えていると惑わされたせいで
花を追ったデルタも僕の前から姿を消すことになった。
「いい加減にしてくれ」
ため息をして首を横に振り、
地面に視線を落とした。
顔を地面に向けたと同時に、
僕の頭にコツンと何かが当たった。
地面に転がったのは、丸められた紙くず。
鳥が咥えていたもののようだ。
「今度は絶対振り回されたりしないぞ」
僕は飛んでいく鳥を睨みつける。
地面に転がった紙くずを
見て見ぬふりもできた。
鳥に当てられたと考えると
気にかかっている自分が更に悔しい。
拾ってゴミ箱に入れようと何度も試みた。
だけどどうしても紙くずを広げたくなる。
僕はついに我慢ができなくなり、
気がついたら紙くずを開いていた。
僕はいつかの朝、
ブラボーが言っていたことを思いだした。
あの日は服を真っ黒に汚したデルタが
自分のママに叱られていた。
どんなに叱られても
デルタはずっと黙り続けていた。
叱られているデルタを横目に、
ブラボーが僕の元にやってきて
1枚の紙を僕に差し出したんだ。
そこに書かれていたのは、デルタが数名しか選ばれない
みんなの学習帳コンテストのファイナリストに残った、ということ。
その最終の結果が今、僕の手元にある。
選ばれた写真は花をはっきり写さず、
確かにデルタらしさを感じる。
撮影したのは誰?というクイズがもしあったのなら、
僕は100%の確率で当てるだろう。
なぜならデルタはいつも考えていないように見えて、
出した答えは自然と”らしさ”が出るから。
僕が羨ましく、憧れている部分……
デルタの大好きなところ。
それに比べて、
僕には僕らしさがものすごく出たことが
これまであったんだろうか?
デルタの”らしさ”が出るのはなぜだろう。
デルタにあって、僕にないものとは。
僕はしわくちゃの紙を持ちながら
あれこれ考え込んでいた。
「あれ……もしかしたら今、
僕は僕らしさ全開なのかもしれない」
思わず口から漏れてしまった。
僕が今気がついたことは
何かに夢中になっているときこそ、
”らしさ”が露わになるんじゃないか。
僕はデルタとは逆で、深く考えて、
答えが出せず永遠に考え続けることに夢中になるのかも。
これまでの、いや今朝までの僕は
夢中になるのは生まれつきの才能が必要だと思っていた。
だからこそ、よくわからないけれど
夢中になってしまうのだと。
デルタも小さいときから
カメラに囲まれた生活をしていて、
カメラに熱中し、これまで続けてきたと
聞いたことがある。
正直、だから何なのかとか
才能ある、ない云々で言えばそれまでだろう。
でも、みんながみんな興味を持つわけではない。
気にかかったところで夢中になれる要素も才能もあって
多分、そのことに向いているんだ。
そう考えると花の意味って……
「アルファ、今日もお前は愛想のないヤツだな!
花と睨めっこをして花が枯れたの忘れるなよ!
まぁ今日も良い1日を!」
遠くの方から冗談まじりに
顔馴染みのムメイ人が挨拶をしてきた。
一応、どうもと会釈をしてから
再びしわくちゃのままの紙に目線を移し、
僕らしさの世界へ戻る。
花を見ることはとりあえずやっているだけで、
夢中になることには値しないと思っていた。
もし、みんながみんな気にかからないとすれば
花の意味が気にかかった時点で
僕にとっての夢中要素が含まれていたのだろう。
「花の意味を探すことは僕らしく、夢中になること……?」
僕は手に持っていた紙を胸にあてた。
デルタはこの結果を知っているんだろうか?
本当は今すぐにでも伝えに行きたい。
ロケットが飛ばなくなったムメイの街で、
僕はしばらく静かに通知を抱きしめていた。