小説「ムメイの花」 #35有り難みの花
朝の日課。
家の前には……
これまでの僕とは違う。
家の前には立たない。
右手に花もない。
目が覚めてからも
しばらくベットで寝転がっていた。
寝た気はせず、1日を始める気力なんてない。
いやいや重たい頭を上げ
ベットから起き上がり部屋の窓を開けた。
もしかしたら
花が咲いているんじゃないかと頭によぎる。
屋根に手を伸ばそうとする僕。
同時に街のどこかに
カメラを持っている子がいないか探していた。
僕は首を横に振り、ひとつため息をついた。
どんな僕でもお構いなく、
視界に入るムメイの住人たちの家からは
朝を忙しそうにしている感じが伝わってくる。
水道を捻り、しゃかしゃか歯磨きの音が聞こえてきたり、
部屋を走る音が聞こえてきたり。
他の家からは食器がかちゃかちゃとなっている音や
パンの香ばしい香りが漂ってくる。
ぐぅ〜……
かわいらしくない音で僕のお腹がなった。
もう一度、ため息をつく。
「仕方ない、僕も何か食べるとするか」
朝ごはんをテーブルへ並べる。
パンをひと口、ふた口。
もぐもぐゆっくりと噛み、思ったこと。
食べることはなんて不思議なんだろう。
気分が落ち込んでいても
食べるとなんとなく元気になる。
だからといって”食べ溜め”はできない。
今日たくさん食べたから、
一生食べなくても生きていける。
そんなの到底無理だ。
ときに食べ物をめぐって争い、
奪い合うことだってある。
僕は食べている手を止めた。
ふう。
一度、ため息。
ミルクをひと口。
また、ため息をつく。
そう言えば、
自分の呼吸もなんて不思議なんだろう。
当たり前と言われてしまえばそれまでだけど、
生まれたときから止まることはなく、
自然と吸ったり吐いたりできている。
誰から教わった訳でもない、
自分に備わった自然の能力。
深呼吸をしてから
ため息混じりで言葉が出た。
「ありがたいな」
僕は初めて自分に向かって
感謝することを理解できた気がした。
僕が自分に対して「生きろ」と
他からエネルギーをもらってくれていた。
もらったエネルギーに応えて、
エネルギーを出していかなきゃ。
家の前に立とう……
頑張れ、僕……
結局、動こうとはしたものの
部屋へ戻ってしまった。
きっと、今朝 ”は” できなかっただけ。
今朝の僕は明日こそできると信じて、
もう少し自分に頼り、他からエネルギーをもらう選択をした。