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男と女。平等は無理。

僕は二つの性別を生きた。FTMトランスジェンダー。

女で生まれたけど、気持ちは男だった。今は戸籍を「男」に変えて暮らしている。

18歳くらいまでは頑張って「女」を生きた。

18歳で彼女が出来て23歳で親にカミングアウト。そこから戸籍を変えて今は男を生きている。

女で大変だったこと。

メイク。生理。女らしい所作を求められること。「女らしくしなさい」よく言われた。

男になるとそれらは無くなるが、

男で大変な事。

稼ぎ。責任。がついて回ること。

結果、どちらも大変。

女は男より許されることが少ない。

僕の家も男尊女卑そのものだった。

男は何をしても良い。女はじっと耐えるのみ。

そんな家だったからこそ、女の矛盾も感じたし、男への羨ましさもひとしおだった。

しかし、男は許される分。やらなければならないことがある事も知った。稼ぎも仕事からも逃げることは出来ない。家族を守ること。守れなかった時の責任の大きさは全く違う。

男女平等。

雇用機会均等法などもある時代だが、まだまだ平等なんてことは難しいように感じる。能力があっても「女だから..」という理由での不当な扱いは絶対になくすべきであるが、体力の差だったり、生理など身体の構造が違う中で何を持って「平等」というのか?という疑問は否めない。

オリンピックでのトランスジェンダー問題

もそのひとつだろう。

昨年行われた東京オリンピックで女子重量挙げでMTFトランスジェンダーの選手が出場して話題をさらった。

男から女のMTFトランスジェンダーだから問題になった。

これが女から男の僕のようなFTMトランスジェンダーが男子重量挙げに出たらどうだっただろう?

有利ではないか?なんて不平等さを訴えられることもなかっただろう。それは元女だから。

そういうものなのだ。だから、「差別」ではなく、競技は男・女に分かれている。

それが平等ということなのだ。

僕はFTMだからと言って男と一緒に戦おうとは思わない。気持ちでは負けない思いもあるが、身体は作り物ゆえの脆さを抱えている実感がある。

だから僕の個人的な意見は、パラリンピックの枠の中でトランスジェンダー枠を設けて戦うといいのではと考える。

それが「平等」ではないだろうか?

そしてそういう大会があれば、トランスジェンダーも治療と引き換えに競技を諦めなくても良くなる。

そしてそれは決して「差別」ではないことをわかって欲しい。

現在もJOCはトランスジェンダーのオリンピック参加条件としてホルモン量での基準を設けているようだけど、本来ホルモン治療は自由に操作していいものではない。

自分に合った量を適切な期間を置いて「健康を維持するために行うもの」であり、それは競技よりも大切な事。比べられるものではない。

男と女。良い事も悪い事もある。

FTMもMTFも気持ち面では男であり女である。

しかし、身体はそれぞれに「差」があってしかり。そしてその差を埋めることはできない。そしてその事実は「差別」ではないことを知って欲しい。

「平等」と言う言葉よりも、みんなが本来の自分で生きやすい世の中が良い。


※2021.12.11(土)LGBT社会人交流会「BRUSH UP」第4回無事終了。沢山のご参加ありがとうございました!

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