とある回転寿司の日常
「今日もシャリさんの上は温かいな。」
サーモン太郎がそう思うとすでにレーンの上に居た。
レーンで回転している時はお客さんの顔が良く見える。美味しそうに食べてもらえるのがボクたちにとってはこの上ない喜びだ。
まず初めに見えるのはカウンター席で1人で座っているお客さん。サーモン太郎が本日1番最初に見たのは黒いハットをかぶった60歳ぐらいの紳士であった。
「この店の甘エビは何回食べても美味しいな。しかしあんまり食べ過ぎるとカミさんとお医者さまに怒られてしまうからね。ほどほどにしておこう。」
そういう紳士の表情は老後の楽しみの一つをまさに現在進行形で満喫している様子であった。
「これで甘エビ3皿目か。この辺で今日は甘エビを食べるのは止めておこう。これが最後の1皿だ。」
紳士はそう言うと3皿目の甘エビの尻尾をていねいにとった。
次のレーンからはテーブル席になる。すると20代前半のカップルたちがタッチパネルでお寿司を選んでいる最中であった。
「お寿司以外にもラーメンとかあるよ!食べてみようよ!」
「ラーメンならラーメン屋で食えるだろ。それよりマグロ、サーモン、イカ、それらの握り寿司をいかにたいらげるかでしょ。」
「え?知らないの?回転寿司のラーメンは魚介の出汁にしっかりとこだわっているのよ。昆布やカツオ、イワシは寿司屋との相性抜群だしね。ほら見てSNSの口コミにも高評価と美味しかったのコメントがたくさん。」
「まじか。すげー。食べてみようぜ。おっと種類も豊富にある。迷うなー。」
どうやら彼女のほうが回転寿司について詳しいらしい。たしかにこだわり抜いた魚介エキスを豊富に含んだスープは専門店にも負けないクオリティーである。
「じゃあ一つ頼んで2人で半分こしようぜ。」
彼女はタッチパネルを押しながら答えた。
「えーダメです。1人で丸々1杯完食したいんだもん」
カップルの次に見えたのは4人家族であった。父、母、それにまだ小学生ぐらいの兄弟であった。
「こらっ健太。しっかりと噛んで食べなさい。」
「だって美味しくてあれもこれも食べたくなっちゃうんだもん。」
「まぁまぁお母さん。たまにはいいじゃないか。今日は好きなだけ食べていいからね健太。」
「まったくお父さんは甘いんだから。直也はもうすぐサビ抜きのお寿司がくるから待っててね。」
そう会話している4人全員の口角が上がっていて、目じりが下がっている様子をサーモン太郎は嬉しく思った。
レーンも最終列に突入した。最終列のテーブルに居たのは中年のサラリーマン2人であった。
「今日取引先でミスしちゃってさ。僕のせいで商談が頓挫してしまったんだ。」
「そんなこともあるさ。大切なのは次に同じ失敗をしないことじゃないか。」
「わかってるんだけど。今日は眠れそうにないな。」
片方の中年サラリーマンの表情は終始暗かった。そんな落ち込む表情を見せていたサラリーマンは目の前のイクラの軍艦を口の中に放り込んだ。
するとついさっきまで暗かった表情だったがたちまちに笑顔を取り戻した。
「なんて美味しんだ。そういえば最近ロクな飯食べてなかったもんな。今度から仕事終わりの1杯じゃなくて仕事終わりの1皿で決まりだな。」
「おいおいさっきまでの俺の気苦労を返してくれよ。」
この日を境に2人の中年サラリーマンは自分へのご褒美に回転寿司を訪れることにした。
サーモン太郎はレーンの1巡目の終わりを迎えようとしていた。たった1巡した中でもさまざまな人たちのさまざまな物語をサーモン太郎は目にした。そんな彼は1つの共通点を発見した。
「みんな幸せそうだったな。甘エビ好きの紳士も、ラーメンを食べようとするカップルも、あたたかな4人家族も。2人の中年サラリーマンも最終的には笑顔になった。」
誇らしげな気分になったサーモン太郎は2巡目に入り、1巡目の初めに居た紳士を見つけた。
すると紳士の皿には甘エビの尻尾が8本あった。
サーモン太郎は計算した。
「1皿2貫あるから紳士が食べた甘エビを食べた皿の数は・・・」
サーモン太郎は奥さんに怒られる紳士の姿を考えずにはいられなくなった。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?