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102年の歩みに終止符—— 不二屋書店・3代目社長が語る、街と本の未来
自由が丘駅の改札を抜けると、目の前に現れるのは「FUJIYA BOOKS」の文字。創業から長きにわたり、この街の人々に寄り添い続けてきた老舗・不二屋書店が、まもなくその歴史に幕を下ろします。
今回は、その現社長・門坂直美さんにお話を伺う機会をいただきました。
走り続けるしかなかった
お店を継いだ当初、自らお店の経営をするということには少し抵抗があったという直美さん。まずは、そんな直美さんが3代目社長として、これまで不二屋書店を経営されてきた思いについて伺いました。
——これまで長い期間、社長として走り続けてこられた原動力はなんだったのでしょうか。
走り続けざるを得なかったですよ。だってお店の従業員がいるでしょ。それでやっぱり街の中で頼りにされていた部分があったから。親、祖父から継いだからとかそういうことではなくて。
それから、自分でやっていると辞めるのも何も自由じゃないですか。でもやっぱりやっていかなきゃと思ったのは、そういう「人」の部分ですね。
——ちょっともう突っ込んじゃいますね。今も街の人々からは求められていると思うのですが、今回閉店という決断をされるときに迷いや葛藤はありましたか。
迷いというよりも、そもそもこの業界自体ちょっと先が見えないので。
書店の取り分って今2割くらいで、それを3割以上にしようってなってるんだけど、でもそれって何年やっても実現してないわけですよ。
だって当たり前なんですよ。同じパイの中で出版社と取次と書店とで取り合うだけなんだもの。書店の取り分が多くなったら他の取り分が少なくなって、そんなのダメだよねって思って。
そうじゃなくて出版社も書店も、みんなでじゃあどうやってパイを大きくするか、売り上げを上げていくかっていう方向を向いていかないと、展望なんか見えるわけないなと思ったんですよ。
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本の持つ力
業界全体の未来を思う直美さん。インタビューは、紙の書籍の持つ力に関する話題へ。
今やっぱり電子書籍に押されているじゃないですか。以前から思っているのですが、電子書籍を読むのと紙の本を読むのとでは、脳の使ってる場所が違うんじゃないかなと。電子だと深く入ってくるものがなくて、イマジネーションがあんまり湧かないんですよ。紙の本は読みながらいろんなことを想像したり、どっぷりその世界に浸かったりできて。
特に子どものときに想像力を育てていくことはすごく大事で。今の親御さんたちはものすごく教育熱心じゃないですか。教育についてはお金を出せるでしょう。だから自分の子どものためなら紙の本を読ませると思うんですよね。
——子どもの教育を考える親御さんは、紙の書籍の良さに気がついていると。
そこにたどり着かせることを業界がやっていくべきで、例えば研究家がそうした研究をしていくとか。そしてやっぱり紙の本がこれだけ違いますよっていう研究結果が新たに出たら、紙の本に戻ってくるんじゃないかなと思うんですよ。そういう方向に転換していかなければ、未来はないなと。
不二屋書店は廃業はしないで「休業」として書店組合には籍を残すので、これからも書店組合に働きかけをしていきたいと思ってるんです。
——そこは確かな思いなんですね。直美さんご自身、紙の書籍からイマジネーションが育まれたというご実感があったのでしょうか。
子どもの頃に『百まいのきもの』(現在は『百まいのドレス』)というお話と出逢って。(このお話では)嘘はついてはいけないことだけど、主人公の女の子は多分嘘というつもりではなくて、自分の“想像”をしていて。それを周りが“嘘”って言って。
結局最後には女の子も理解されるんだけど、これを読んだ時に私は「嘘って悪いことだけじゃないんだ」ということを一つの本から学んで、それが心の中にあるんですよね。
それから『くまのプーさん』も実は子どもの世界を端的に表したお話で、子どもというのは自分の想像で作った世界の中で遊ぶわけですよね。すごくそれが素晴らしい世界で、私は一生この心を持っていたいなと思ってる。
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書店員と選書
——先ほど従業員の方の話もありました。一緒に働くメンバーへの思いについてもお聞きしたいです。
すごく従業員に恵まれていて、皆さんすごくよくやってくださるんですよ。それで、私の祖父が「目利き」を育てなきゃダメだってよく言っていて、その部分は大事にしてほしいなと思っています。だってどのお店に行っても同じものばかり並んでる金太郎飴みたいじゃつまらないじゃないですか。
——選書はスタッフ個人に任せているということですが、直美さんご自身のこだわりはありますか。
そんなにはないんです(笑)。
でも私が一番最初に(お店のあるこの街に)戻ってきたときに「児童書をやらせてくれ」とお願いして、そこから児童書のコーナーを全部自分のいいように作ってやってきました。私がコーナーを作ってから10年近く、本当に棚に置いてある本をほぼ全部読んでいました。
だから児童書のコーナーにはこだわりがあったけど、私が担当をスタッフに託してからは「あなたのコーナーだからあなたの思うようにやってね」と言っています。その方がモチベーションになるでしょ。
——なるほど。やはり児童書は原点なのですね。
児童書って社会の中であまり大事にされてないけれども、私はすごく大事だと思っていて、だって児童書には全てのジャンルが揃っているんですよ。
だから他の書店に行って、児童書のところを見ればその書店がどういう風なのか分かっちゃうの。思想的な傾向まで分かりますよ(笑)。
自由が丘という街の書店として
お店を閉店しても、これからやりたいことがたくさんあると語る直美さん。その真意をお聞きしました。
——お話伺っていると、直美さんご自身はこれからに対して前向きな印象を受けます。
そうそう。寂しいとかもうなくて。
(閉店することは)もう去年(2024年)の夏ぐらいに決めていたから、そこから今までの間に自分の中で整理がついていて。寂しいという感情は通り過ぎてます。
——感情を消化した上で前を向かれているんですね。なんだかすごく安心しました。
(お客さんが)よくおっしゃるのは、「あって当たり前だったから寂しい」「これからどうしたらいいのか、ここに本屋があるのは当たり前だったからショックだ」ってね。
でも、活字離れと言われて何年も経つじゃないですか。これまでも(書籍の)電子化があって、コロナがあって、不況があって、その間どんな思いでやってきたか。あって当たり前のものなんて何もないんだよって思いますね。
それこそ高齢化とかになったでしょ。やっぱりスーパーとかチェーンのお店屋さん、書店とかってちょっとなじみの店員さんと会って立ち話というのがなかなかしづらいじゃないですか。特にお年寄りはそういうのを求めてるんです。そこが街のお店と大きく違いますね。
——街の話もありましたが、最後に、直美さんにとって自由が丘ってどんな街ですか。
昔は文化的な風土というのがあって、だからこそいい本がウケたっていうのがすごくありました。文芸書とか難しい本なんかは他のお店では絶対売れないけれどウチでは売れたと思う。あとはやっぱり親御さんがすごく教育熱心ですね。こんなに買ったら子どもがかわいそうと思うほど学習参考書を山ほど買われていくの。
——確かにお子さんにとっては嬉しくないかもしれませんね(笑)。学習書にもこだわりがあるのでしょうか。
Z会の学習書を置くにあたっては苦労しました。Z会さんって「この範囲で一軒置いてあればいい」という考え方だったんですよ。でも私は絶対置きたくて。
——置くことができたときはやっぱりうれしかったですか。
いや〜すごくうれしかったですね。
直接言ってもダメだったから、どれだけ(学習参考書を)売ってるか見に来てくれって言ったのね。でもそれでも断られて。ここまで言われたらどうしようかと考えて、こう言ったらどうかな、と試行錯誤しましたよ。
これまでの奮闘、そして未来への思いをお聞きすることができ、1人の本好き、書店好きとしても胸がいっぱいです。直美さん、今回は取材させていただき本当にありがとうございました。
読者の皆さまもここまで読んでいただきありがとうございます。
まもなく閉店を迎える不二屋書店。お店は2月20日(木)まで営業されます。
🕐営業時間:10時~20時、無休
🚩マップ
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▶︎取材/執筆・ゆきふる