いきなり「探究テーマ=専門性」じゃなくていい。身の回りから始める「探究の3つのモード」とは?
「探究テーマ」を設定し、日々の生活に「探究」を取り入れることで、自分だけのオリジナルな専門性が磨かれていき、キャリアと人生はより豊かなものになっていく。探究の重要性と探究テーマの設定方法については、下記のnoteで解説した通りです。
ただ中には、「探究テーマ」という言葉にハードルの高さを感じる人もいるでしょう。「論文や書籍になるようなテーマを選ばなければいけないのではないか?」と感じる人もいるかもしれません。
しかし、実際のところ探究にはさまざまな種類があり、「専門性の探究」はそのうちの一つ、しかもかなり難易度の高い探究の形態です。
「"質疑応答"のあの気まずい時間をなんとかできないか」
「どうしたら"タスク管理"をもっと楽しくできるかな」
「なぜ私は"立食パーティ"がこんなにも苦手なのか」
……こうした身近な問いも立派な「探究」だと私は考えていますし、専門性の探究というのも、こうした問いを起点に発展していくものです。
そこで本記事では、より気軽に探究を実践してもらえるよう、探究を「3つのモード」に分解して解説してみたいと思います。
「探究の3つのモード」とは?
先ほども触れたように、一口に「探究」と言っても、その内容やレベルはさまざま。「専門性の探究」だけが、探究的な営みであるわけではなく、もっと身近で気軽な探究もあります。
そこで今回は、「探究」をそれぞれの射程およびレベルに応じて3つのモードに分類しました。
1つ目が「私の探究」、2つ目が「身近な探究」、3つ目が「専門性の探究」です。
1つ目の「私の探究」とは、文字通り、自分自身について探究すること、自分を見つめ直すこと、内省を通して自己理解を深めることです。
2つ目の「身近な探究」とは、範囲をもう少し広げて、自分の身の回りの半径5mくらいの身近なトピックについて関心や好奇心を向けて探究することです。この対象には、趣味や生活、仕事も含まれます。
3つ目の「専門性の探究」とは、自分固有の専門性を探究テーマとして磨き上げていき、自分を職場や社会における唯一無二の存在として際立たせていく営みです。
上記で「レベル」という言葉を使っている理由は、「私の探究」や「身近な探究」がまったくできない状態で、いきなり専門性の探究をするのは難しいからです。
しかし、専門性の探究をしているからといって、私の探究や身近な探究が不要になるというわけではありません。
最終的には、この3つの探究のモードを行き来する必要があります。自分について深く内省したり、身近なものに目を向けて職場の問題や自分の働き方の問題、趣味を広げていったりしながら、専門性を磨いていくという、循環的な運動を生み出していくのが理想の形なのです。
①私の探究:しっかり自己と向き合い、探究の土台をつくる
ここからは、それぞれの探究のモードについてより具体的に解説していきたいと思います。
1つ目の「私の探究」には、自分の喜怒哀楽のツボ、すなわち感情の傾向や、強みや弱みといった資質や特性について知ることが含まれます。
自分が何に喜び、悲しみ、怒りを感じるのか。自分は何が得意で何が苦手なのか。こうした感情の特性や強み・弱みは、自分でも意外によくわからないものです。
ちなみに先日登壇したTEDxHamamatsuでは、喜怒哀楽を通して自分の探究テーマを発掘していく方法について話しました。動画がアップされているので、よければご覧ください。
自己を理解する「私の探究」は、自分の才能を活かしたり、自分自身をケアをする上で非常に重要です。ここが疎かになっていると、自分の個性や興味の対象がわからず、「身近な探究」や「専門性の探究」が進みません。
また、「私の探究」は、一度やったら完了できるようなものではありません。年齢を重ねたり、さまざまな経験を積んだりすることで、「私自身」が変容し続けるためです。
実際、学生の頃に行ったストレングスファインダーのようなテストを30代40代になって改めて行うと、結果がけっこう違っていたりします。このように、「自分はどんな人間なのか?」については、継続的に探究し続ける必要があるのです。
したがって、これまで「私の探究」をまったくやってこなかった人や、長らく自分のことを深く考えていなかったという人は、まずは自分が知らず知らずのうちに身に付けているものの見方=「レンズ」を言語化するところから始めてみてはどうでしょうか。
「レンズ」と「対象」をかけ合わせて探究テーマを設定する方法については、以下のnoteで詳しく解説しています。
またストレングスファインダーのようなテストを通じて自分の資質や傾向を探ることも、「私の探究」に含まれます。
まずは自己としっかりと向き合い、自分のアイデンティティや思想、価値観を明確にすることで、「身近な探究」や「専門性の探究」につながる重要な土台ができるのです。
②身近な探究:半径5mに関心を向け、手触り感のある探究を行う
2つ目の「身近な探究」のモードとは、自分の探究の好奇心を半径5mほどに広げ、身の回りの具体的なトピックについて探究することです。
「身近な探究」は、自分の唯一無二の専門性につながるものではなくて構いません。たとえば、引っ越しを機に「自分にとっての理想的な住まいとは」「賃貸と持ち家はどちらがよいのか」といった問いを投げかけながら、不動産や暮らし方について探究することも含まれます。
この「身近な探究」は、「私の探究」と密接に関連しています。なぜなら、「自分にとっての理想の住まい」は、自分の思想や好み、価値観と不可分だからです。
「身近な探究」には、趣味寄りのものから仕事寄りのものまで、幅広いグラデーションがあります。趣味の方に振り切ると、カードゲームでレアカードを集めたり、山登りや釣りのスキルを磨いたり、ひたすら楽器の練習をしたりなど、完全な趣味の研究になります。
ちなみに、「専門的な楽しみ方の実践」という特徴を持った趣味活動のことを「シリアスレジャー」と言います。趣味研究者の杉山昂平氏は、単なる休息や気晴らし(カジュアルレジャー)を超えて趣味を楽しむためには、「楽しみ方を学ぶ」必要があると指摘しています。要するに、趣味をより楽しむためには、"探究上手"であったほうがよい、ということでしょう。
趣味を対象にした「身近な探究」は、仕事の制約や役割にとらわれないため、非常に自由に取り組めるという利点があります。一方で、労働の余暇時間で行う必要があるため、忙しくなると時間が取りにくくなる傾向があります。なおかつ、お金がかかる場合も多いため、ある種の「余裕の中で遊ぶ」ような活動になります。
一方、仕事寄りの「身近な探究」もあります。たとえば、「どうしたら職場にもっと雑談が増やせるのだろう」と自分の身近な職場について考えることも、立派な「身近な探究」です。
このとき、探究の対象は自分の業務役割や職種に関係なくても構いません。マネジャーがマネジメントを探究するのは当たり前ですが、営業担当者が「資料のデザイン」を探究したり、デザイナーが「営業」について探究しても構わないのです。
仕事寄りの「身近な探究」は、仕事の中でできるため、比較的忙しくても取り組みやすいという利点があります。一方で、探究をあまりに仕事に閉じ込めすぎると、逆に探究的でなくなるというパラドックスもあります。そのため、仕事の中で探究する場合には、探究を完全に業務に閉じ込めるのではなく、少しインフォーマルな側面を持たせたり、即座の経済的利益を求めない視点を持つことが重要です。
また、働き方やお金、健康などの「生活」も「身近な探究」の対象に含まれます。
「専門性の探究」においては、他者との差異性に関心を寄せつつ自分だけの強みを確立していく必要がありますが、「身近探究」においては、他の人とは違うユニークなテーマである必要はありません。
しかし、何気ない「身近な探究」が「専門性の探究」に発展するケースも多いため、これもまた「私の探究」と同様に重要な探究のモードのひとつなのです。
③専門性の探究:セルフブランディングを行いながら、専門性を尖らせる
3つ目の「専門性の探究」は、「私の探究」と「身近な探究」の延長線上に成り立つ探究のモードです。
「専門性の探究」は、ある分野に強い興味を持ったり、ある仕事に深い喜びを感じ、もっと活躍したいという欲求や好奇心が強まってきたときに始まります。そこで、特定の分野を定め、その技術的な専門性を高めていくのです。
たとえば、デザインに楽しさを見出した人が「デザインの専門性やケイパビリティを深めていこう」と決意し、デザインを専門性として探究していくこと。あるいは特定のスキルやケイパビリティではなく、人事やマネージャー、経営者といった「業務上の役割」に関する専門性を磨いたり、経験を積んで知識を増やしていくことも「専門性の探究」に含まれます。
つまり、「専門性の探究」の中には、「技能の探究」と「役割の探究」がグラデーション的に存在しているのです。
加えて、「学問的な専門性」というのもあります。たとえば、心理学について独学で深く学んだり、大学院で経営学の修士号を取得したりすることも、「専門性の探究」と言えるでしょう。
また、本当の意味で専門家になるためには、「あの人は〇〇の専門家だ」と周囲から認識される必要があります。そのためには、探究を外部に共有しながら自らをブランディングし、一定の評判を獲得していく必要があります。
こうしたセルフブランディングも交えながら自らの専門性を突出させることで、唯一無二の存在になっていくプロセスこそが、「専門性の探究」なのです。
まずは「3ヶ月」から始めて、それぞれの探究のモードを往来する
「専門性の探究」は、複数の要素を組み合わせながら進めていくものであり、広い視野とオリジナリティが求められます。したがって、「専門性の探究」がうまくいかないと感じた場合、まずは「私の探究」に立ち返り、自己を見つめ直す必要があります。
また、「私の探究」「身近な探究」「専門性の探究」、それぞれの探究のモードを往復することは、自分の好奇心に基づく「固有のテーマ」と衣食住、働き方、お金、人間関係、都市といった「人類普遍のテーマ」の間のつながりを見出すことでもあります。
たとえば、半径5m以内の「身近な探究」を通じて得られたインサイトが、「専門性の探究」につながることがあるように、それぞれの探究モードの相互作用は、専門家としてのより深い洞察をもたらします。「私の探究」「身近な探究」があっての「専門性の探究」なのです。
そして、それぞれのモードを往来していると、「私の探究」「身近な探究」「専門性の探究」の境界線は次第に曖昧になり、混ざり合っていきます。
まずは「私の探究」から始め、自分自身を見つめ直すような探究テーマを見つけましょう。「自分は何に喜びや怒りを感じるのか」といった問いを立てて探究してみるのもよいと思います。あるいは、趣味や仕事、生活など、身近なものに関するやりやすいテーマを設定し、探究の感覚を掴んでみるのもよいでしょう。
少し慣れてきたら、いくつかの領域にまたがるようなやや抽象的なテーマを設定することで、よりさまざまな場面から探究を持ち帰ることができるようになります。
また、探究は、「マイブーム」的なトレンドとして捉えることが重要です。一定期間、特定のテーマに没頭することで、探究が蓄積されていきます。
具体的には、まずは「3ヶ月」ほどで期間を区切って探究をしてみるのがおすすめです。3ヶ月間と期間を区切ることで、集中して探究することができますし、3ヶ月ぐらい経つと、新たな囚われが発生していたり、思いのほかアイデンティティや周囲との関係性が変化しているものだからです。
はじめはどんなテーマでも構いません。まずは3ヶ月間、あるテーマについて探究し、その後しっかりリフレクションを行うことで、必ず新たな気付きが得られるはずです。ぜひ、試してみてください。
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