中年期のアイデンティティ・クライシス。その原因と処方箋を考える
「自分に合った仕事とは?」「自分らしい働き方とは?」
多くの人が、自分の個性やアイデンティティと向き合いながら、キャリアを模索していることと思います。
学習論でも、「学習とは、アイデンティティの変容である」という学習観が支持されており、人の成長とアイデンティティは密接に結びついています。実際に、20代後半や30代前半くらいになると、知識や技術が増えたことよりも特定の仕事において「一人前になってきた」というアイデンティティの変化に成長を実感している方も多いことでしょう。
一方、40歳前後のいわゆる「中年期」に差し掛かると、その自信は揺らぎ、「自分が何者なのか」「何のために生きているのか」がわからなくなる「アイデンティティ・クライシス」が起きると言われています。そして、この中年期のアイデンティティ・クライシスに上手く対処できるかどうかは、その後のキャリア形成に大きく影響します。
そこで本記事では、中年期におけるアイデンティティ・クライシス(ミドルエイジ・クライシス/中年の危機)が起きるメカニズムと解決策について考察します。
「アイデンティティ」とは何か?定義づける「連続性」と「斉一性」
本題に入る前に、そもそも「アイデンティティ」とは何でしょうか?
「アイデンティティ」は、ある程度一般用語として浸透している言葉ですが、多くの研究が重ねられてきた領域でもあります。そこでまずは、心理学において「アイデンティティ」がどのように捉えられてきたのかを確認しておきましょう。
心理学者のエリクソンは、アイデンティティにおいて、「連続性」と「斉一性」が重要であると説きました。
連続性とは、過去から未来に向けての時間的な連続のことです。いまこの瞬間、「自分はこういう人間である」と思えるものだけでなく、過去を振り返ったときに「あのときもこうだった」と思えるような、時間的連続性のある特徴。そうした特徴が「自分らしさ」につながっていると、エリクソンは言いました。
一方、斉一性とは、自分だけがそう思っているのではなく、周りの人からも「〇〇はこういう人間だ」と思われているような状況の度合いのことです。たとえば、「自分はアイデアを出すのが得意なアイデアマン」という自認があったとしても、周りの人からまったくそう思われていなければ、「斉一性が崩れている」ということになります。
つまりエリクソンは、時間軸と他人軸の両方において「自分らしさ」の特徴として浮かび上がってくるようなものこそがアイデンティティであると定義したのでした。
「アイデンティティの危機」は若者だけの問題ではない
「アイデンティティ」というと、「若者の問題」というイメージがあるかもしれません。
10代の思春期から20代前半の青年期にかけて、「恋人といるときの自分」「友人といるときの自分」「家族といるときの自分」といった自分の複数の側面が出てくる中で、「自分とは何者なのか」「自分の個性とは何か」がわからなくなる。きっと、多くの人が直面したことのある感覚だと思います。これをアイデンティティ・クライシス(危機)と言います。
その後、就職活動などを通じて、「自分がどんな人間であるか」の暫定解を出していくことで、徐々に自分のアイデンティティが統合されていくわけですが、心理学の研究においては青年期以降、中年期にも再びアイデンティティ・クライシスが起きると言われています。
つまり、アイデンティティの危機は、人生に何度か訪れるキャリア発達課題であり、若者だけの問題ではないのです。
中年期になぜアイデンティティは揺らぐのか?
なぜ、このようなアイデンティティ・クライシスが中年期にも起きるのか。
1つの理由は身体的な変化です。少しずつ老いていく中で、昔のように働けなくなったり、昔は得意だったことができなくなる、ということが起きてくるのが中年期です。
しかし、より大きな要因は、自分の役割や周囲との関係性の変化にあると考えています。
20代は、職業人としての有能性がアイデンティティの課題の中心でした。つまり、「コミュニケーションが得意だから営業の仕事をする」、「周囲の人のサポートをするのが好きだからコーポレートの仕事をする」といった具合に自分の個性と仕事を結びつけ、シンプルにそのスキルを磨いていればよかったわけです。
一方、30代、40代になると、新たな役割や関係性が生まれてきます。職場に後輩が入ってきたり、チームのマネージャーになった場合には、部下やメンバーを指導したり、マネジメントしたりする必要性が出てきます。「コミュニケーションが得意だから営業をがんばります!」と言っていた時代とは違った役割が、組織において新たに求められるようになるのです。
また、人によっては家族や子どもが生まれたり、介護が始まったりなど、生活における家庭内の役割にも変化が生じやすいのがこの時期です。
こうして、職業人としての有能性に留まらないさまざまな変数が増えることで、折り合いの付かないことが増え、再び「自分は何者か」がわからなくなる現象。これこそが「中年期のアイデンティティ・クライシス」なのです。
中年期のアイデンティティ・クライシスを放置し、自分のアイデンティティを再統合できないままでいると、「なんのためにこの仕事をしているんだろう」「今日も部下との1on1で1日が終わってしまった。マネジメントつらい……」といった自己喪失感を感じたり、「仕事か、家庭か」「マネージャーか、プレイヤーか」のような極端な二択を漂流したまま、アイデンティティ難民に陥ってしまうことがあります。
そのため、40代前後で「自分は何者なのか」について意識的に見つめなおし、アイデンティティを編み直すことが重要なのです。
「探究」を通じてアイデンティティを編み直す
では、具体的にどうやってアイデンティティを編み直せばよいのか。
その方法として提案したいのが、以前から繰り返し提案している「探究テーマの設定」です。なぜなら、自分の興味・関心に基づく「探究」は、「アイデンティティ」と密接につながっているからです。
私の場合、20代の頃はとにかくワークショップデザインの探究をおこなっていて、大学院で博士論文を書きながら、ファシリテーターとして毎日のようにワークショップをやっていました。つまり、当時の私にとってはワークショップのスキルを磨いて、ワークショップについて本や論文を書くことこそが、職業人としてのアイデンティティを確立させる行為だったのです。
しかし31歳でワークショップの専門会社を起業すると、次第に事業が拡大。子どもが生まれて仕事に割ける時間も減って、次第に経営に専念せざるをえなくなりました。気づくとワークショップの専門性が取り柄だったのに、ワークショップをやる機会がなくなってしまった。しかも「博士号を持った研究者」だったのが、「経営の初心者」になっていて、30代半ばにして、ゲームが完全にリセットされた感覚でした。
それでも私がアイデンティティ・クライシスに陥らずに済んだのは、「探究テーマ」を設定し直して、「ワークショップのスキル」から「問いのデザイン」や「冒険的世界観の組織づくり」など、いまの立場や役割だからこそ探究できる「別のテーマ」に関心をシフトさせることができたからでした。いまは逆に「ワークショップの専門家」と言われるとむず痒い感じがしますが、新しい探究テーマを通して、自分の中年期の新たなアイデンティティが確立されつつある感覚があります。
つまり、「私は何者か」と自分のアイデンティティを直接言語化しようと悩み込むのではなく、自らの興味関心に基づく探究テーマを設定し、それを中年期には意識的にシフトさせることで、アイデンティティを再構築できるのではないかと考えているのです。
次回のnote記事では、人生における探究のフェーズを4つのステージに分けた「探究型キャリアステージ」というモデルを元に、中年期のアイデンティティ・クライシスを乗り越えるためのキャリアフェーズごとの探究のポイントについて解説していきたいと思います。ぜひ、更新をお待ちください。
また、探究テーマを設定する方法については、こちらの記事で詳しく解説しています。併せてご参照ください。
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