問いの「深さ」を測る:ワークショップデザインのシミュレーション
ワークショップの「問い」のデザイン論を考えていく上で、問いの立て方、組み合わせ方などの「作り方」の議論もとても大事なのですが、試作した問いの「評価方法」についても考えなければなりません。
デザインはプロトタイピングと仮説検証をしながら進めていくプロセスですが、「いま作っている問いは、実際に参加者に投げかけた際にうまくいくのか」についてシミュレーションができなければ、「良い問いが完成した!」と判断することができないからです。
評価の観点はさまざまですが、そのうちのひとつに「問いの深さ」という観点があると思っています。
問いには「深さ」がある
たとえば、"良い問い"と一口にいっても、その"良さ"はさまざまです。以前に書いた以下の記事では、「ワークショップにおける良い問いの条件」は相当に複雑な議論であることと、その複雑さの背景には「問いの"良さ"はどのタイミングで評価されるのか」という評価のスパンの問題がある、ということを指摘しました。
この「評価スパン」という話は、以下のような問いの例を考えるとわかりやすいかもしれません。以下は、"良い問い"の事例を収集していたに見つけた、具体的な「問い」の事例です。
問いの例(1)
「1日に2回あるのに、1年に1回しかないものとは何か?」
この問いはなんてことはない、いわゆる「なぞなぞ」的な問いですね。ここであまり考えて欲しくないので正解を言ってしまうと、答えは「ち」だそうです。(「いちにち」と「いちねん」と表記するとわかりやすいですね)
これは知識が必要なく、大人でも子どもでも答えることができて、数分間考えればわかるが、すぐには正解がわかるわけではないという意味で、「良いなぞなぞ」なのだそうです。これもひとつの「良い問い」とされている。
では、以下の問いはどうでしょうか。
問いの例(2)
「光の速度に追いつくことは出来るだろうか?」
ご存知の通り、これはアインシュタインが立てた問いで、学術的な貢献を考えるとこれも明らかに「良い問い」であることは間違いありませんが、この問いを解決し、相対性理論を導くまでに、アインシュタインは相当な歳月をこの問いに捧げています。
上記の例(1)のように、ほんの少し頭をひねったくらいでは、解ける問いではありません。逆にいえば、解けたからこの問いは「良い問いだった」と判定できているわけで、問いが提示された未解決の段階では、「光に追いつく..?いったい何を言ってるんだろう..??」と、理解されなかった可能性すらあります。
いずれにしても、問いによって、答えに到達するまでに必要な視点や時間は異なります。これが「問いの深さ」の違いです。
問いの「深さ」を決める変数とは?
具体的には、以下のようなファクターによって、「問いの深さ」は変わってきます。
・問うためにどれだけの視点や視座が関わるか
・人によって出す答えがどれだけ多様になるか
・仮の答えを出すためにどれだけ時間が必要か
たとえば、自己紹介でよく活用される「今日の朝ごはんは?」という問いは、自分のその日の朝の経験を探索すれば数秒間で解にたどり着くことができるので、問いとしては「浅い」タイプの問いといえるでしょう。(安斎はこの問いが嫌いなのですが笑)
それに対して「健康に良い朝食の条件とは?」と問われたら、健康の定義や要件、朝食の影響などを幅広く検討しながらも、話し合うメンバーのそれぞれの価値観のすり合わせなどもしながら答えを出さなければいけないので、上記の問いよりかは、少し深さが増します。4〜5人で話し合うとしたら、少なくとも10分くらいはかかるでしょう。きちんと話し合うとしたら、30分くらいかけてもよさそうです。
さらに「持続的な社会・生態系のための食の在り方とは?」などといったテーマを設定したとしたら、いかがでしょう。さらに複数の視座と時間が必要となり、価値観も人によって多様になり、歯ごたえのある問いになってきました。この問いに30分やそこらで納得のいく答えを出すのは困難です。
問いの「深さ」を読み誤らない
このように、同じ「食」をテーマにするとしても、問いの設定の仕方によって、「深さ」は変わります。そして大事なことは、問いは深ければよいというものではない、ということです。たとえば自己紹介やアイスブレイクの段階からあまりに「深い問い」と放ってしまうと、答えに窮してしまい、時間がかかりすぎてしまいます。
意外にワークショップデザインでは、問いの「深さ」を見誤ったがゆえの失敗例が、結構あります。考えられるのは以下のようなパターンです。
<問いの深さを読み誤ったための失敗例>
・導入や自己紹介の問いが重すぎて答えに窮してしまう
・1時間で設定したメインワークに15分で答えが出てしまう
・逆に、メインワークの冒頭で気軽な意見が全然出てこない
・全グループが似たような意見、結論に終始してしまう
問いの「深さ」を測っておく
このような「読み誤り」を避けるためには、問いを参加者に投げかけた瞬間に、どのような思考や感情が喚起され、どのような対話や議論のプロセスが起こりそうか、事前にシミュレーションをしておくことが重要です。水面に小石を投げこんだときに、どんな波紋が生まれ、どんな軌道を描いて、どこまで沈んでいくのか..と想像するような感覚です。
もちろんワークショップは「創造的な対話」を奨励するため、事前に当日の出来事を予測しておくことは不可能です。むしろファシリテーターが予期していなかった対話が展開されたほうが、創造的な場であったともいえます。けれども、どのような可能性がありうるのか?本当に深まるポテンシャルのある問いなのか?思いのほか浅いところで停滞してしまうリスクがあるのではないか?と検討しておくことは、初心者のうちは特に重要です。
ケーススタディ:ファシリテーター向けの省察型ワークショップの問いの深さを測ってみる
たとえば、ファシリテーターを対象とした省察型のワークショップを題材に考えてみましょう。アイスブレイクにおいて「現在のあなたのファシリテーションスキルは何点?」と問いかけ、現状のメタ認知を促した上で、「そもそも、あなたはなぜファシリテーションをするのか?」というテーマで対話し、そのあと「あなたのファシリテーションスキルを+10点あげるには、どんな努力が必要か?」と未来へのアクションを問いかけていく構成でプログラムを考えていたとします。
ファシリテーター向けの問いの構成サンプル
問1:現在のあなたのファシリテーションスキルは何点?
問2:そもそも、あなたはなぜファシリテーションをするのか?
問3:あなたのファシリテーションスキルを+10点あげるには、
どんな努力が必要か?
この問いのセットがうまくいくかどうかは、問1→問2でうまく内省や対話が深まるかどうかにかかっています。そこで、問1と問2の「深さ」を測ってみることで、問いの妥当性を検討してみましょう。
問1の深さを測る
「現在のあなたのファシリテーションスキルは何点?」
まず問いを投げかけた瞬間の参加者の思考や感情を思い浮かべながら、人によっては反射的に直感で「70点!」などと即答する人もいるかもしれないな..などと、想像を膨らませます。あるいは、時間的に余裕があれば、自分の最近のワークショップ実践のことを思い浮かべ、そのときの手応えや満足度、反省点などを振り返った上で、点数を決める人もいるでしょう。せいぜい2〜3分程度もあれば、とりあえず「点数を答える」ところまでは行けそうです。
他方で、もしかすると点数をつける作業を通して、「そもそもファシリテーションの評価は何によって決まるんだろうか?」と内省のスイッチが入ると、この問いはすぐには答えが出せない難問へと深化します。
もしプログラムの都合上、そちらのほうが望ましければ、ファシリテーションの伝え方を工夫するなどして、「点数の理由」もセットで検討してもらうことによって、問いの深さを引き出していくのもアリでしょう。
他方で、ひとまずこの問いは"ジャブ"で、点数をつけてもらった上で、次の問いでじっくり対話してもらいたいのであれば、この問いは3分程度で終了したほうが望ましいことになります。その場合は、深く考え込みすぎてしまった参加者に対しては「この段階では直感で決めていいですよ」などと、深まりすぎないような促しが必要になるかもしれません。
このように、問いの思考と対話のポテンシャルを確認し、ファシリテーションのガイドラインを事前に用意することが可能になることも、問いの深さを測っておくことの利点のひとつです。
続けて、問2についても深さを測ってみましょう。
問2の深さを測る
「そもそも、あなたはなぜファシリテーションをするのか?」
詳細の説明は割愛しますが、以下の図で示したように、問1よりも多様な分岐の可能性を秘めていることが見えてきます。
リスクとして「商品開発のためです(..以上)」というところで思考が終了してしまう懸念がありながらも、うまく深まる軌道に乗れれば、30分でも1時間でも話していられそうな、対話のテーマとしてのポテンシャルがあることがわかります。
後半で「ワークショップを身に付けることで、あなたはどんな価値を社会に生み出したいですか?」などと、追加の問いを重ねる想定をしておいてもいいかもしれない、などと備えることができます。このあたりは、使える時間や、ワークショップの目標にあわせて、深め方の調整が必要です。
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以上はあくまで一例ですが、ワークショップのプログラムを検討する上で有効な考え方ですので、以前に紹介した「問いの因数分解」とあわせて、ぜひ一度やってみてください。
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