出遅れ気味のレビュー 『オッペンハイマー』を2回鑑賞して気づいたこと
広島に原爆が落ちたとき、あなたのおじいちゃんは学校で掃除をしていたの。屋内にいて助かったけど、窓の近くにいたから全身にガラスが刺さってしまった。大変だったみたい。あなたは被爆3世なのよ。
私は祖父に会ったことはないが、幼い頃に両親から言われた「あなたは被爆3世」という言葉は強く印象に残っている。
原爆による広島・長崎の惨状が直接的には描かれていないために、『オッペンハイマー』に「良作だが物足りない」という感想をもつ日本人も多いかもしれない。でも、私は一人の映画ファンとして、本作は本作のままで正解だったと思う。あくまでもオッペンハイマーが主体だから。
その上、「核を手にしてしまった人間の愚かさ」「戦いに再び突き進んでいる今の世界への警告」が伝わってきた。クリストファー・ノーラン監督がそんなメッセージを込めていたかはわからないが、私はそう捉えた。
ドイツが降伏し、原爆投下の標的が日本に変わったとき。意外にも多くの学者たちが、既に戦う力を失いかけている日本への無意味な攻撃に反対していた。劇中でも描かれたこの事実が私には刺さったし、重要に思える。
もちろん、だからと言ってドイツに投下されていたら良かったわけではない。まだ人間らしさを保っている学者たちと、感覚が麻痺している政府の人々の対比が悲しく見えた。
2回目で気づいた細かい仕掛け
2回目は職場の同僚に誘われたので観に行ったのだけど、1回目より細かい発見があって面白かった。正直、1回目は登場人物が多すぎて目が回る+「こんなちょい役でこの人だすの?!」という驚きで、伏線にまったく気づかず……。アインシュタインが出てきた瞬間に「知っている人だ」という謎の安心感があった。歴史系は予習が重要だなと実感。
劇中で気になったのが、何度も出てくる“波紋”。雨でできた水たまりや池が映るシーンで、いくつも現れる。おそらく、世界地図上にコンパスで描かれた原爆、水爆の威力を示す円を表現しているのではないか。戦後、オッペンハイマーらがいくつもの都市を円で囲って水爆の影響範囲を予測するシーンがある。こうした仕掛けに「さすが!」と思った。
また、原爆開発の拠点となる「ロスアラモス」は、オッペンハイマーがマンハッタン計画を知る前、序盤の会話で既に名前が出ていたことに2回目で気づいた。ロスアラモスで計画が進められたと知っていたら、最初から「あ!」となったはず。完全に知識不足。オッペンハイマーが、どれだけニューメキシコ州を愛しているか理解できた。
個人的に1番好感をもてた人物は、オッペンハイマーの妻・キティ。繊細なオッペンハイマーを静かに支える……のではなく、「しっかりしろ!」と喝を入れる。それでいて、オッペンハイマーが不利な立場になったときは全力で味方になる。優秀かつ強い女性だった。握手しようと手を差し出したテラーに、田舎のヤンキーみたいな態度とっちゃうし。
登場人物は多い一方で、それぞれのキャラクターが際立っている点も本作の良いところ。
ただ、一つだけ私がネガティブに捉えているのは、オッペンハイマーとジーン・タトロックの激しい濡れ場。オッペンハイマーの人生を生々しく映し出す意味では必要だったと思うが、R15指定になったのが惜しい。10代の若い世代も観られたら、本作のメッセージが広く伝わったのではと思う。
余談
本作では、戦前から戦後までのオッペンハイマーを一人の役者が演じているが、見た目の変化がとにかくすごい。若い頃は髪の毛ふさふさで色が濃い。肌もつやつやだし、生徒に授業する姿は活き活きとしていて爽やか。それが、歳を取ると髪は白く薄く、頬はこけてなんとなく皺が増えたように見えた。体重の増減によるものか、髪型か。特殊メイク感がなかったキリアン・マーフィー氏の変わり様に驚いた。