
「オケバトル!」 73. 第二次大戦の奇跡 米独連合作戦
73.第二次大戦の奇跡 米独連合作戦
やはり提案者のつるし上げになる流れか、ああホントにめんどうだね、と思いつつ、張本人の有出絃人は責任をとるべく名乗り出た。
「お察しの通り自分の思いつきです。物議を醸すのは承知の上でしたが、我々は音楽家として、オケ人として、やるべき事を遂行しただけ。最善を尽くしたトランペッターに責任を負わせるのは筋違いで、提案した時点から全責任は僕1人にあるわけで、より良い音楽のためなら違反を犯しての脱落も覚悟の上でしたので、見せしめなら自分で結構、どうぞお好きになさってください」
「ちょっと待ってください」
と絃人の近くの客席から、指揮の谷内みかが再び立ち上がる。
「有出さんはすごいアイディアを提案されただけで、それを私たちは大賛成で受け入れた。私の場合、パーカッションの出番がなかったから指揮を務めたとはいえ、統制が取れるよう単に拍子をとっていただけで大して役にも立ってませんが、全体の構成を把握するという意味では、責任はやはり指揮者にあると思うんです。提案したっていうだけで脱落の危険が及んでしまうのなら、この先誰も工夫を凝らしたアイディアなんて出さなくなっちゃいますよ。最高の音楽を皆で作り上げていかなきゃならないのに、脱落のやり玉に挙げられたくないからって我が身の安全を優先するように。そんなの方向性が間違ってる。番組の主旨そのものがおかしいと思います」
そこまで言うか。あ~あ、長岡氏の怒りを買って、彼女もはや脱落一直線だな。打楽器、いなくなると困るんだけどな。と案ずるBチームの面々。
Bの指揮者がそうくれば、こちらも同じ立場を貫かないと格好つかないじゃんと、同じくパーカッショニスト指揮者の平石昇。Aの一同が残る舞台の端から一歩踏み出し、自分も同じ考えで、勝敗に関係なく責任取って潔く脱落する覚悟であります! と爽やかな態度で手を挙げた。
あたし、「自分が脱落します」とまでは言ってないんだけどな。ま、仕方ないか。と、悪あがきはやめて、ライバルチームの彼と一緒に去る覚悟を決める谷内みかさん。まったくお門違いの指揮だって、かなりの負担になってるし、大ぽかをやらかさないうちに退散するのがベストかも。
「絶妙アイディアの提案者に、両チームの指揮者、そして違反を承知で勇気ある実行に踏み切ったトランペッターのお2人と、責任云々の話になってしまいましたが……」
怪しい雲行きを少しでも回避すべく、司会の宮永鈴音が話をまとめつつ、個人的な意見も少々混ぜてみる。
「そもそも彼らの思いきった行動が正しかったのか? 明らかなルール違反は、問答無用で誰かが責任を取るべきなのか? 審査員方の意見は一致してらっしゃるのでしょうか」
「今後の示しがつかんので、わしは断固として反対」
と、審査委員長の長岡幹。
「私は拍手で、皆さんの勇気と健闘を、無条件で讃えますわ」
「杏香さんに同じくです」
この女性陣の意見を完全無視して、形勢危うしの長岡が言った。
「演奏の結果、出来不出来はともかくとして、掟破りの責任は必ず取ってもらいますからね」
「それは負けたチームから? それともトンデモ案を言い出した側? この場で皆が清く責任を被り合っても堂々巡りでしょうし、ルール違反云々の話し合いは後回しにして、まずは両チームの演奏そのものに対しての感想を述べられてはいかがでしょう」
「司会が勝手に決めんでくれたまえ」
審査委員長のぶっきらぼう、かつ失礼な言いように、勝手に決めたわけじゃなくて、提案してるだけでしょうが! と、鈴音はマイクを床に放り投げてプイと袖に立ち去りたい衝動に駆られたが、そうした見苦しい癇癪のせいで過去に散々痛い目に合っているので何とか理性を保ち、務めて明るく振る舞う方向に集中する。
「失礼しました。ですが舞台における進行役としては、時間配分が気になってしまうんですよね」
「生中継でないんだから時間制限なんて無視すりゃいい。永遠に続けたって構うものか」
審査委員長の横暴振りに、オケ人たちは、「これがプロオケだったら組合がただじゃすまさないのにね。このおっさん、プロの世界ってものを何も分かってないんでないの?」と冷ややかに呆れるばかり。
「ああ、くだらんくだらん!」
ついに一喝おやじが客席から立ち上がりながら毒づいた。そして突然、これまでの話の流れにまったくそぐわない意味不明の言葉を言い放った。
「……イッター城の戦い」
「はい? なんておっしゃいました?」
まずは司会が確認する。
「何嬢ですって? ミス・イッター? の、闘いと?」
「お嬢さんの話じゃなくて、お城、キャスル。第二次大戦末期におけるオーストリアの、イッターという城での包囲戦のことですよ」
あまりに低レベルの話の成り行きに腹を立て、思わず口にしてしまった上之忠司であったが、どうせこんな余談は放送されなかろうと、自分が何を伝えたいのかを手短かに説明した。
「ナチスの支配下で城に監禁されていたフランスの重要人物らを守るべく、敵対していたはずのドイツ軍と連合軍が手を組んで、迫り来るナチ親衛隊の大軍を僅かな手勢で迎え撃ったという実話でしてね。上からの命令だとか己の保身のためでなく、ただ純粋に民間人の保護という使命感から、本来ならば決してあり得ない合同作戦が展開したわけですよ」
音楽じゃなくて、第二次大戦? あまりに突飛な話が持ち出され、皆がポカンとする中、頭をすばやく回転させて常に臨機応変に不測の事態に対応すべく、司会業の鍛練を積んできた宮永鈴音が、ぱっと反応した。
「つまり戦争時でさえ、直前まで殺し合いをしていた敵味方どうしでさえ、状況次第では互いに協力し合う柔軟さが求められるのだから、ライバルのAチームとBチームがタッグを組んだって構わないではありませんかと、こうおっしゃりたいわけですね?」
「まあ、そんなところです」
イッター城の戦い。その場に居合わせた誰も聞いたこともない歴史のエピソードだった。ただ1人、ゲスト審査員のウィーンっ子、アントーニア・リーバー嬢を除いては。
「シュロス・イッター。イッター城の戦いは、第二次大戦の奇跡と言われているんです」
アントーニアが誇らしげに話に乗ってきた。
「私たちオーストリア人には身近な話で、学校でも習いましたし、私の親類や知人なんかは、実際の戦闘に加わった方や現地レジスタンスのメンバー当事者から、直に話を聞いていたそうです」
それから後方の客席に向き直って言った。
「上之さん、さすがですね。この奇跡の連合作戦を、今回の協力作戦になぞらえられるとは。この場合、フランスVIPは、楽曲そのものということですね? そして連合軍に協力を持ちかけたドイツ国防軍がBチームで、それを了承した米軍がAチーム。危険を承知で結束して、ベートーヴェンの意図する構成を守ったとして……、あら、となると彼らを抹殺すべく攻撃をけしかける非道なナチの親衛隊って……」
アントーニアが悲しそうに言葉を失ってしまったので、青井杏香が続きを引き取った。
「私たち審査員ってことになりますよね」
我々が極悪非道なナチスのSSとは何たることか! と、長岡が騒ぎ出す隙は、司会が与えなかった。
「第二次大戦末期における奇跡の連合作戦、『イッター城の戦い』については、後ほどじっくりお話を伺いたいものですね! 上之さん? 独白ルームで熱き想いと共にお話いただくのも良いですし、アントーニアさんと対談とか。泥沼試合が続く中で感動の実話なんて、まるで光明が射したみたいじゃないですか。今回課題の〈レオノーレ〉のように」
楽しげに語ってから、鈴音は突然、「これにておしまい」モードへ持っていく。
「次回はイッター城の戦いの物語を、番組の冒頭でご紹介できると思います。果たして今回の連合作戦、結果はどうなるのでしょう? 勝敗は如何に?」
「おい、ちょっと待った」
長岡が慌てるも、彼の手元のマイクは遠隔操作でオフにされていた。
「審査員はお馴染み長岡幹、青井杏香、そして麗しゲストのアントーニア・リーバーさんでした! 司会は私、宮永鈴音がお送り致しましたー!」
脇で待機していたスタッフに促され、舞台と客席、両チームの面々はいつものように拍手でおつき合い。再びの合図で拍手が収まったところで、撮影はひと段落。
「きみねえ、何様のつもりなんだね?」
あきれ果てた審査委員長が司会に文句を言った。
「バトルシリーズではねえ、審査のシーンは編集ナシのリアルタイムの進行が鉄則なんだから、困るんだよね。勝手に切られちゃ」
鈴音にしても自分の言動には、我ながら狐に包まれた気分であって、ディレクターからの「お城の話は改めて取り上げるので、今は即刻終わらせよ」とのいきなりの指示が耳に付けたレシーバーに飛び込んで来たため、ともかく従うしかなかったのだ。
参加のバトラーらの前で収録の内輪もめの話はしたくなかったが、さらりとかわすことにする。
「音楽に直接関連のないエピソードが入ったので、しかもそれが大変興味深いものでしたので。視聴者には、何だろう? 結果はどうなるんだろう? と疑問符を投げかけての終わらせ方は、これまでもやってきたことですよね? それに、これだけ話が混乱して脱線してしまったら、仕切り直しも必要ということで、どうかお許しを。それに時間もいっぱいいっぱいでしたしね」
時間制限に関しても、ディレクター藤野アサミによる長岡幹への強行警告であった。
「で、今から仕切り直しで、話を続けていいんですかね?」
皮肉っぽく言って、長岡は背後の音響調光ブースの方を振り仰ぐが、ガラス窓の中は見えないので余計に腹が立つ。
「今夜の収録は、これでおしまいです」
今度はステージマネージャーの岩谷が袖から顔を出して冷酷に告げた。
「結果はどうするんだ。まだ審議もしてないし、反則の白黒もつけてないんだがね」
ごねる長岡に対し、岩谷はディレクターの要求を淡々と伝え、周囲のスタッフやバトルメンバーには身振りで撤退の指示を出し、司会にはまとめゼリフを促す目線を送る。
「バトル参加の皆さんには、既に審査員の言い分は伝わってますし、この後、お三方で審議していただいて、結果は明朝、あるいは深夜の通達ということで。皆さん、お世話様でした。渾身の演奏も、素晴らしかったでーす」
カメラは回っておらずとも、鈴音は再び努めて爽やかな調子でその場を締めくくった。
ディレクターからの提案もあり、話題に出た「イッター城の奇跡」は、今回の両チームの協力体勢になぞらえて、番組でも紹介しようとの運びとなる。その上で、
「果たして音楽バトルにおける共同作戦の結果は如何に?」
と、審査の結果を発表。
審査員らのコメントに加えてバトラーらの悲喜こもごもの反応を流せば、より効果的であろう。
ハリウッドの超大作アクション映画にもなりそうなイッター城の物語。
番組の制作陣は、この話を持ち出した上之忠司と、常識的に知っていたゲスト審査員、アントーニアから話のポイントを聞いた上で、撮影隊が現地に赴くなどして詳細を知る彼女の身内や知人のインタビューを織り交ぜ、是非とも深く掘り下げたいところであった。
しかしイッター城の話だけで、ともすれば一時間級のドキュメンタリーとなってしまいそう。なので詳しい紹介は断念し、この物語にいたく感動した青井杏香がまとめた台本を元に、当時の記録映像や写真、実写やCGによる簡単な再現映像に語りを乗せ、次回放送時の冒頭で紹介する程度に留めておく。
そしてBGMは当然のごとく、勝利チームの演奏による〈レオノーレ〉の序曲を起用する。
「イッター城の戦い。第二次世界大戦、ヨーロッパ戦線の末期にドイツ軍とアメリカ軍が結束して、ナチスの魔手からフランスの要人を守り抜いた連合作戦がありました。
前日まで本気で殺し合っていた者どうしが協力?
あり得ないと思われるでしょうが、いえいえ、これは正真正銘の実話なのです」
ナレーションは、今回の台本執筆者で、趣のある朗読が人気の青井杏香か、本番組の顔でもある宮永鈴音が候補となるも、日本語を美しく発音でき、実際に現地の城を訪れたこともあり ── ただし現在は一般公開されていない ──、この話に関しては生きた言葉で語れるであろうアントーニア・リーバーが受け持った。
74「イッター城の戦い」に続く