『システム・インスパイアード・リーダーシップ』読書会:関係性のシステムを信頼するとは?
今回の記録は、フランク・ウイト・デ・ウエルド&マリタ・フリッジョン著『システム・インスパイアード・リーダーシップ』のオンライン読書会での気づき・学びに関して私視点で振り返ったレポートです。
参加の経緯
今回の読書会を主催している1人であるどいさん(たかコ)とは、以前開催されたアーノルド・ミンデル著『対立の炎にとどまる』の読書会にて初めてご一緒しました。
たかコさんは組織と関係性のためのシステムコーチング®︎(ORSC®︎)を学ばれていたこと、また、その理論・実践に関する邦訳書籍初の手引書である『システム・インスパイアード・リーダーシップ』の出版が迫っていたこと、さらにアーノルド・ミンデルの提唱したプロセスワークがその理論や実践に大きく影響していることから、私自身、興味を持っている一冊でした。
そして今回、読書会が開催されると知り、どのような方がどのような興味関心で集まるのかにも興味を持ちつつ参加することを決めました。
今回、実際に参加させていただくと、私自身も実践してきたアクティブ・ブック・ダイアローグ®︎(ABD)の要素も取り入れられた、ユニークな読書会となっていました。
ABD(アクティブ・ブック・ダイアローグ®︎)とは?
有志の研究会がこれまでの読書会の限界や難しさを検討し、能動的な学びが生まれる読書法として探求・体系化したアクティブ・ブック・ダイアローグ®️(ABD)。
開発者の竹ノ内壮太郎さんは、以下のような紹介をしてくれています。
2017年、その実施方法についてのマニュアルの無料配布が始まって以来、企業内での研修・勉強会、大学でのゼミ活動、中学・高校での総合学習、そして有志の読書会など全国各地で、様々な形で実践されるようになりました。
ABDの進め方や詳細については、以下のまとめもご覧ください。
システム・インスパイアード・リーダーシップとは?
システム・インスパイアード・リーダーシップ(Systems Inspired Leadership)とは、チームや組織といった生きた関係性システムの智慧を生かして未来を創り出す方法を知り、人やシステムに心を開いて影響を受けるリーダーシップと紹介されるリーダーシップのあり方です。
システム・インスパイアード・リーダーシップの前提には、「リーダーは全てを掌握しているべきであり、個々のメンバーに指示命令を行う」という20世紀のパラダイムの個人主義的な英雄型リーダーシップがまず存在します。
これに対し、システム・インスパイアード・リーダーシップはシステム全体の叡智を生かして未来を創り、組織の様々な階層にいる人々がリーダーシップを共有するのを助ける、というアプローチを取ります。
システム・インスパイアード・リーダーシップは関係性システム・アプローチを土台にしていますが、本書中ではシステムの定義を以下のように定めています。
今回の読書会でもこの「システム」という単語がよく対話の話題に出てきましたが、この「システム」という用語が対人支援や組織運営の文脈で活用されるに至るには大きな流れと歴史があります。
以下、この「システム」という概念の歴史について整理しようと思います。
組織・対人支援における「システム」の歴史
機械論的世界観によって形作られた現代社会
まず、社会科学や人の組織、経営といった領域で語られる「システム」という語の背景には、現代社会を形作ってきた機械論的世界観を超えて、全体論的・生命的世界観として世界を捉え直す必要がある、という前提が存在しています。
17世紀に活躍したフランスの哲学者であるルネ・デカルト(René Descartes)は、世界を巨大な機械として捉える『機械論的世界観』の礎となり、ある原因がある結果を生み、その連鎖によって世界が成り立っているという世界観を広めることとなりました。
この世界観を実現する手法・方法論として活用された『要素還元主義』は、世界に存在するあらゆる構造を構成要素として分解・分析することで理解できるという合理主義的な価値観を科学にもたらしました。
『機械論的世界観』に具体的な形を与え、世界を構成する法則をまとめ上げていったアイザック・ニュートン(Isaac Newton)のニュートン物理学は、因果関係の理解によって対象を管理・制御できるという方法論を提示し、19世紀に至るまで科学技術の発展に貢献しました。
18世紀に始まった産業革命に伴い、ものづくり産業は軽工業から電気・石油による重化学工業へと変容を遂げ、自動紡績機、蒸気機関を生み出した他、工場労働者の働き方すらも変えていきました。
このように、機械論的世界観は自然科学の領域を超えて、宗教、美術、人間理解に至るまでその領域を拡大し、現代に至るまで300〜400年近くにわたって支配的な世界観、価値観となりました。
上記の世界観は心理学においてはジョン・B・ワトソン(John Broadus Watson)に代表される行動主義(behaviorism)を生み出しました。
マネジメントの領域においてはフレデリック・テイラー(Frederick Taylor)の科学的管理法(Scientific management)もまた、機械論的世界観の応用と言えるでしょう。
全体論的・生命体的世界観へのパラダイムシフト
このように、人類にとって大きな影響を与えてきた『機械論的世界観』ですが、20世紀初頭の量子力学の発展を契機としてこの世界観が大きく揺らぎ、パラダイムの転換が始まることとなりました。
デカルトやニュートンが活躍した時代を経て、私たちは地球全体や原子より小さなサイズの物質の計測など、当時の技術では叶わなかった極大、極小の現象の観測を行えるようになりました。
この極大・極小の計測を行うことで、徐々にこれまで活用されてきた理論や尺度が通用しなくなる、という事態が現れてきたのです。
広大な土地の面積を測量しようとすると、地球が平面ではなく球面であるという理解が必要になります。
また、原子よりも小さな物体を観測しようとすると、観測者が『観測する』という介入を行うことによって、物体の状態に影響を与えてしまう、また、確率でしか結果を表現できないという事態も発生しました。
このような状況が相次ぎ、客観性とは何か?新たな状況に対応できる法則や尺度はどのようなものか?が問い直されるようになりました。
さらに、物質の要素を極限まで分解・分析した上で発見された極小の粒子は、それそのものとして安定しているわけではなく、周囲のさまざまな構成要素との結びつきや関係によるシステムの中で性質や構造を決定される、ということも明らかになってきました。
これにより、要素分解された一面的なものの見方だけではなく、より包括的かつ生命体的、動的な物事の捉え方、世界観は何か?が求められるようになっていました。
自然を全体として理解するためには分析的に切り分けてはならず、世界を総合的に語るための道具としての概念が必要です。
このような考え方に基づき、生物学者であったルートヴィヒ・フォン・ベルタランフィ(Ludwig von Bertalanffy)は1930年代に、世界に存在するさまざまな構成要素はシステムとして有機的につながっているとする『一般システム理論(General Systems Theory)』を提唱しました。
また、「サイバネティクス」提唱者であるノーバート・ウィーナー(Norbert Wiener)は自然界のシステムの一般的な原理が、市場メカニズム、政治の意思決定、人間の心理といった社会科学全般でも応用できると説き、「システム」という考え方が工学や生物学といった自然科学の領域を超えてより広い領域で活用できる可能性を提示しました。
上記のような、機械論的世界観から全体論的・生命体論的世界観への全世界的なシフトに関しては、以下の書籍も合わせて参考までにご覧ください。
システム・ダイナミクスとシステム思考の誕生
自然界のシステムの一般原理が社会科学へ応用する可能性が開かれたことにより、システム・ダイナミクス(System Dynamics)およびシステム思考(System Thinking)という、社会で発生する事象をシステムとして捉える方法論が1950年代以降に誕生しました。
MITスローン経営大学院のジェイ・W・フォレスター(Jay W. Forrester)はシステムの考え方を産業、経済、都市開発といった領域へと応用し、コンピューターによるシミュレーションによって構造を分析するというシステム・ダイナミクス(System Dynamics)という新たな学問領域を開拓しました。
そして、コンピュータを用いた複雑かつ詳細なプロセスを用いず、最も基礎となるプロセスとしてシステム思考(System Thinking)もまた体系化され、実践される場が増えていきました。
また、1972年にはジェイ・W・フォレスター(Jay W. Forrester)に師事したデニス・メドウズ(Dennis Meadows)、ドネラ・メドウズ(Donella Meadows)らが、ローマクラブの委託研究の成果として、地球規模での生態系と経済などの関係をシミュレーションした『成長の限界』を発表しました。こうしてシステム・ダイナミクスは経済、社会、環境などにも応用分野を広げていきます。
上記、システム・ダイナミクスおよびシステム思考の歴史や概念について、詳細は以下もご覧ください。
ピーター・M・センゲ『学習する組織』の提唱
システム思考(System Thinking)の概念をより広く世に知らしめることになったのが『学習する組織(Learning Organization)』でした。
『学習する組織(Learning Organization)』とは、1990年にマサチューセッツ工科大学のピーター・M・センゲ(Peter M, Senge)が発表した『The Fifth Discipline The Art and Practice of The Learning Organization』によって広く知られるようになった経営、マネジメントにおけるコンセプトです。
ピーター・センゲの『学習する組織』にはまず、『現在のマネジメントの一般的な体系は組織本来の潜在能力を発揮するのではなく、凡庸な結果を生み出してしまう。それは、今日優れた業績を上げているとされる大企業であってもそうなのではないか?』という問いがあります。
マネジメントの一般的体系を支えている今日の組織の設計、管理の仕方、人々の仕事の定め方、教えてこられた考え方や相互作用のあり方は7つの学習障害(learning disabilities)を生み出し、この学習障害を理解するところから、『学習する組織』へと変容していく旅路が始まります。
7つの学習障害とは以下のようなものです。
そして、この7つの障害を治癒し、
すなわち、『学習する組織』へと変容するための5つの中核的なディシプリンが、ピーター・センゲの紹介した『The Fifth Discipline(邦題:学習する組織)』です。
5つのディシプリンとは、以下の要素を指します。
ピーター・センゲの『The Fifth Discipline』がベストセラーとなったことで、システム思考はビジネスの領域でも知られるようになりました。
1990年代にビジネスの領域で紹介された『学習する組織』でしたが、近年では教育の領域でも注目を集めつつあります。
2014年には教育に携わる人々のために書かれた実践書『学習する学校(原題:School That Learn)』が邦訳出版されたほか、
2022年12月には、文科省が発行している生徒指導のガイドラインにも『学習する組織』の記述が見受けられます。
「文部科学省『生徒指導提要』2022年12月(第1.0.1版)」の第3章「チーム学校による生徒指導体制」では、教職員1人ひとりの生徒指導の力量形成のために学校が「学習する組織」へと変容していく必要性が明記されており、絶えず未来を創り出すために学習と変容を遂げていくチームの重要性を、学校という現場においても強調しています。
以上、「システム」という言葉がどのような世界観に則って活用され、どのように使用される領域が広がってきたかを概観しました。
このような流れにおいて、組織と関係性のためのシステムコーチング®︎(ORSC®︎)は生まれてきたと仮定してみると、「システム」という語に含まれている背景を理解しやすくなるように感じます。
以下、今回の読書会における対話の気づき・学びをまとめていこうと思います。
対話での気づき・学び
「関係性をシステムとして捉える」とは?
読書会においては「関係性をシステムとして捉える」という考え方にフォーカスが当たり、それはどのようなことか?という対話が主に行われていたように感じます。
また、その中で「システムを信頼するとはどういうことか?」という問いが参加者のお一人から場に投げ込まれました。
あらゆる集団や組織、人間関係はシステムとして捉えることはできるかもしれないが、あらゆるシステムは無条件に自分に味方してくれるわけではない。
そういった状況で「システムを信頼するとはどういうことか?」という流れがあったように、私自身は把握しています。
私自身、さまざまな集団や組織、人間関係においてさまざまな役割を担い、相互作用の中で生きています。
私の地元・伊賀ではどのようなシステムの中で生きているかといえば、一家の長男として生まれ、30代の若者であり、弟が1人いる兄であり、結婚してパートナーがいる夫であり……といったようなさまざまな役割期待が発生するシステムの中で生きています。
そして、そのような役割とは別に「私」という1人の人がいるとも認識しています。
そして、このような役割と「私」が存在するのは自分だけでなく、自分以外のすべての人もまたそのような中でさまざまな人間関係やシステムを形作っています。
時に、ある限定的な人間集団のシステムの中で問題が起こったとしたら、どのような条件や状況下に置かれているか?を把握し、その中で「私」はどのような選択肢を選びたいか?システム全体として健康的であるためにはどのような解決が考えられるか?といった考えを巡らせることもできるでしょう。
「関係性をシステムとして捉える」ということを考えたとき、このように考えることもできるだろうな、という仮説が頭に浮かびました。
「システムを信頼する」とはどういうことか?
上記のように「関係性をシステムとして捉える」という前提も踏まえつつ、「システムを信頼する」という表現を聞いたときにふと思い浮かんだのは、私の故郷の風景でした。
私はいわゆる組織支援と呼ばれる領域で生業を営んでいますが、それとは別に家業としての米農家も3年前に父から継ぎ、二拠点生活を送りながら兼業しています。
そして、家業の米作りを行う中で、稲や草木といった自然や地域に棲まう野生動物、天候といった人間以外の生命との関わりや、集落の歴史、家族の歴史といったものとの関わりを見直すこととなりました。
自然は人間の思うように動いてくれません。
予定を立てていた日に雨が降って作業が中断となったり、毎年異なる台風の進路や気温の変化は秋の実りに大きく影響を与えるなど、自然は人の意図を超えて動くシステムです。
また、家族とのつながりがなければ、私はこの田んぼを耕すことも無かったでしょう。
自分の代まで続いてきた米農家の端くれとして、自身がトラクターに乗って田んぼを耕したり、泥の中に足を踏み入れて田植えを行う度に「自分の父や祖父、それよりも前の家族もこうして土に触れてきたのだなぁ」という家族の物語を感じることもできました。
そして、そのような家族の営みや集落の催し、自然の緩やかな移り変わりを、鎮守の森はおそらく何十年、何百年もの間、見守ってきてくれていたのです。
このように、自分という個人を超えたシステムを意識すること、目に見えないつながりの中で生きていることを実感し、その中で最善を尽くしていこうと思えたときに、私自身の人や組織に対する姿勢も大きく変容しました。(その思い・願いについては、以下のサイトにもまとめています)
私たち一人ひとりはさまざまなシステム……それも、世代を超えて形を変え、それでもなお受け継がれてきた何かの土台の上に生きており、今もまた新しく人、社会、自然との相互作用を続けています。
このような前提に立ったとき、今、私がこうして生きている喜びや、与えられたものたちへの感謝、「システムへの信頼」といったものを感じているように思います。
「システム」とは多義的な言葉ではありますが、上記のような前提と、自身の体験から考えてみると、私にとっての「システムへの信頼」とはこのような感覚と表現できるかもしれません。
あいにく時間切れも重なってこのようなことは当日の対話の中でシェアができませんでしたが、読書会をきっかけに私自身の源泉に改めて触れることができたように思います。
当日、ご一緒できた皆さんに感謝申し上げたいです。
参考リンク
最後に、今回の読書会中に出てきたキーワードの関連リンクを改めてまとめておきたいと思います。
組織と関係性のためのシステムコーチング®︎(ORSC®︎)
CRR Global Japan
「システムコーチングって何ですか?」
プロセスワーク(Process Work)
アーノルド・ミンデル博士によるワールドワーク(プロセスワーク)の解説
日本プロセスワークセンター
あなたは優位な立場かもしれない 気づきにくい"特権"とは
アクティブ・ブック・ダイアローグ®︎(ABD)
未来型読書法アクティブ・ブック・ダイアローグ®︎