昔 あけぼの シンデレラ 令和落窪物語 第六話 第三章(1)
あらすじ
平安の時代に書かれた『落窪物語』は、我が国色のシンデレラ。
令和を生きる方々に、わかりやすく解説を加えながら、創作部分もふんだんにリライトしました。
貴族の姫として生まれながら、幼くして母を亡くしたおちくぼ姫は、父の邸に引き取られ、意地の悪い継母に虐げられる日々を送っておりました。
晴れて阿漕と夫婦になった惟成は毎日が幸せでなりません。
ある時乳兄弟と慕う右近の少将の元を訪れると、つい阿漕が大切にしている不遇の姫の存在を漏らしてしまいました。
当代一の貴公子と言われる右近の少将はおちくぼ姫に並々ならぬ関心を抱くのでした。
惟成と右近の少将(1)
ある時、帯刀の惟成は母が仕えている左大将の邸を訪れました。
母はこの邸の子息、右近の少将・藤原道頼の乳母を務めていたので、右近の少将と惟成は乳兄弟ということになります。
おちくぼ姫と阿漕同様にこの右近の少将と惟成も深い絆で結ばれているのです。
惟成は目端の利く男なので、使用人としても使い勝手がよく、あちこちと出入りをして着々と人脈を広げております。
右近の少将が引き立ててくれるのに甘んじず、蔵人の少将などに仕えて自ら出世しようという意欲的な若者ですので、少将もそんな惟成に信頼を置いているのです。
さて、最近結婚したばかりの惟成が少将には気になって仕方がありません。
結婚生活はどうかと、尋ねるまでもなく幸せそうなのを少将は羨ましく思っているのです。
「惟成、幸せそうではないか」
「それはもう♡」
惟成が新妻を思い出してはにんまりと笑むのをつい妬んでしまう少将なのです。
「そんなにやけ顔をひっさげていては出世も遠のくぞ」
「阿漕がいれば、そこそこの出世でも結構でございますよぅ」
「これはまたのろけを聞かされた。結婚がそんなにいいものかねぇ」
と、顔を顰めるわりには少将は興味津々なのです。
「結婚したてだから新妻がかわいく思えるのだよ。そうだろ?惟成」
「阿漕はかわいいですが、口調はなかなかの毒舌でございますよ。性格もキツイですしね」
「その阿漕のどこがよいのだ?」
「まっすぐで思いやりがあるのです。一緒にいると退屈しませんしね」
「いやはや、恋は盲目になるのだな」
そんな少将の様子を見ると乳母はここぞとばかりに小言を言います。
「若さまも早く身を固められては如何ですか。やはりちゃんとした妻を持ってこそ世間でも一人前のように見なされるのですから」
「ばぁやはうるさいなぁ。最近結婚したての蔵人の少将によると妻の三の君は気が強くてわがままでうんざりしているそうだよ。独り身が気儘でよい」
と明後日の方向を向いてしまいました。
この時代の貴族の恋愛は一風変わっております。
姫君は顔を見られるのを嗜みがないとされましたので、もちろん直接会うことはできません。よしんば会えたとしても御簾越しに取次を介するので実際に声を聞くこともできないのです。その受け答えも場合によっては側に侍る機転の利く女房が返したりするもので、本当に姫君が自分で行っているものかも怪しいものでした。
それではどうやって恋愛していたかといいますと、ズバリ文通なのです。
手紙には歌がしたためられ、その紙には香が焚き染めてありますが、季節にそぐった色や素材の紙をどう選ぶかで趣味の良さをはかり、文字の美しさで嗜みを知る。焚き染められた香で相手を想像して、詠まれた歌で人柄を探ろうというものです。
まるで雲を掴むように漠然としておりますが、中にはこれまた賢い女房の代筆などもあるので、益々難しく複雑な恋愛事情でした。
とどのつまり身分の高い貴族同士の結婚というものは、家柄が釣り合うかどうかが重要ということになります。肝心の相手に会えるときは結婚式の夜ということが当たり前。
少将はまっすぐな若君でしたので、そんな愛の無い結婚よりも自分で見初めた相手を妻にした惟成が羨ましかったのです。
「家同士のための結婚なんて興味ないよ。私も惟成のように自分で選んだ女と結婚したいものだ」
その呟きを乳母は聞き逃しませんでした。
「若さまと惟成とではご身分が違いますよ。どうぞ立派な家柄の姫君を娶ってくださいませ」
母が顔を顰めておりますが、惟成には少将の気持ちがわかるので同情してしまいます。
「まったく尊いご身分というのも不便ですなぁ」
右近の少将といえば家柄もよく、その美貌もあいまって三の君の婿である蔵人の少将と争うほどの人気のある公達なのです。あちこちから縁談の話が舞い込んでおりましたが、当の少将はこの通り、どんな相手かもわからない縁談にはまったく乗り気ではないので、乳母も頭を悩ませているという次第なのでした。
家柄にも美貌にも恵まれて健康な若い貴公子が一つ処に納まるというのはなかなか無理なお話でしょう。
今はまだ恋を楽しむことを優先して、面倒な結婚は後回しというのが本音のようです。
「ところで中納言のお邸には未婚の四の君がいるそうじゃないか。美人なのかい?」
少将は何気なく聞いてみましたが、
「私のようなものが姫君のお顔を見られるわけがないじゃありませんか。しかし阿漕が申すには、いま一人のお姫様がたいそう美しいらしいですよ」
と、おちくぼ姫の話を持ち出しました。
「なんでも皇族の血を継ぐ姫君らしいのですが、母君が亡くなられて中納言家に引き取られなすったとか。ところが北の方は姫を虐げているというお話で・・・」
「何を言いだすのかと思ったら、そんな頼りない姫などを持ち出して。若さまがそんな姫と結婚して幸せになれるわけないだろうに」
乳母は息子を叱りましたが、右近の少将は興味を持った様子です。
後で人気のないところで惟成に詳しく話を聞き出しました。
「本当にその姫は美女なんだろうな」
「妻が申すには、継母に虐められて粗末な着物しか与えられていないものの、どの姫君たちよりも美しく、帝の后となってもおかしくないほどの気品をお持ちだとか。何より気立てのお優しいお姫さまで、北の方の仕打ちを恨みもしないのだそうです」
気を許している少将ということもありますので、惟成はついおちくぼ姫の話を漏らしてしまいました。
「なんと健気な姫君ではないか・・・」
右近の少将は大きく心を揺さぶられました。