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宇治の恋華 第九章「迷想」解説<前編>
みなさん、こんにちは。
次回、『令和源氏物語 宇治の恋華 第百八十一話 翳ろふ(一)』は6月29日(土)に掲載させていただきます。
本日は第九章「迷想」の章について解説させていただきます。
「迷想」というタイトル
原典ではちょうど「早蕨」の帖に該当する部分ですね。
中君が匂宮の二条院に迎えられることが決まり、宇治での生活もあと少し。
生前八の宮と親交のあった山の阿闍梨から早蕨が贈られてきました。
父と姉と毎年味わったこの春の味覚も今年はとうとう一人きりで味わうのかと寂しく、京へ移ると心を決めた中君にはさまざまに思うことがあります。
この章では薫の中に生まれた新たな懊悩、夕霧の政治家としての思惑、今上帝の娘への思い、などあらゆる思いが錯綜した章でした。
それゆえに「迷想」という造語をタイトルに使用しました。
章のタイトルはそれだけで内容がわかるものが望ましいと思いますが、この言葉が頭に浮かんでからはそれしか考えられなくなりました。
中君の思い
中君は匂宮の妻となった自分の運命を受け入れました。
そして薫と慰め合いながら姉の供養をした時間はかけがえのないものとして、去りゆくこの宇治の地に封印しようと決意します。
「もしも姉の望むとおりに薫さまと結婚していたら今頃どのように過ごしていたでしょう」
これは中君サイドだけではなく、この章で薫も幾度となく考えることです。
匂宮はことあるごとに「帝にも昇る尊いご身分」と称されますが、その素行には問題があります。美しい女人を素通りできないという困ったご性分です。邸にきれいな女房が入ると手をつけ、宮中にても愛人とした女官は数知れず。そして気に入った女性を姉の女一の宮に女房として奉り、時折情けをかけたりしているのです。そういう女性の扱いを鑑みると二条院に迎えられた中君を世間の人々が幸運であると噂するのですが、当の中君は複雑な気持ちで自分の行く末を見つめるのです。女人とは自分の意志でどうにかできるわけもなく、その運命を受け入れるしかないのです。
京に移った中君には宮が夕霧の六の姫を娶るという厳しい運命が待ち受けておりましたが、それも致し方なきことなのでした。
薫の想い
中君は匂宮の妻である、と頭ではわかっていても、大君に似たその声や御簾越しの気配を伺うにしても薫の想いは膨らんでゆきます。
夕霧はなかなか匂宮が六の姫との縁談を承服しないことから、薫を婿にしようかとその心裡を探ります。しかし、大君を亡くしたばかりの傷心を慮り、弟を思い遣ることを優先しました。
事態は一転し、今上帝が薫に皇女を下賜する意向を見せたことで、俄然匂宮への攻勢を強めました。そして宮がとうとう六の姫を娶る決断をしたことで、また薫の心はかき乱されるのです。中君が打ち捨てられることはないと信じておりますが、その心中たるや傷ついているに違いないと、捨て去ったはずの恋情が再び頭をもちあげてくるのです。
もしも大君の願いどおり中君と結婚していたならば、今頃どうなっていたのであろう?
薫とてそんなことはできなかったとわかっておりますが、大君を亡くした今ではありもしないことを都合よく考えるようになるのです。
思うようにならないことばかりが重なり、皇女を賜るという栄誉さえも煩わしい。しかしてその内示は到底一臣下としては辞退できるはずもないのでした。
明日も第九章「迷想」の解説をさせていただきます。