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昔 あけぼの シンデレラ 令和落窪物語 第二十四話 第七章(5)

あらすじ
平安の時代に書かれた『落窪物語』は、我が国色のシンデレラ。
令和を生きる方々に、わかりやすく解説を加えながら、創作部分もふんだんにリライトしました。
貴族の姫として生まれながら、幼くして母を亡くしたおちくぼ姫は、父の邸に引き取られ、意地の悪い継母に虐げられる日々を送っておりました。
まんまと姫が老人と結婚したと内心小躍りの継母は鷹揚に二人の手紙のやり取りを許します。
少し警戒が解けたところで、折よく明日は祭りの臨時の行列がでるとのこと。
三の君をはじめ、多くの女房達が見物に出かけるということです。
これは好機到来とばかりに阿漕はさっそく少将にこのことを伝えたのでした。

  北の方の悪だくみ(5)

「北の方さま、典薬助さんから姫に手紙が届いているのですが、どういたしましょう?」
阿漕は困惑したような素振りでしおらしく相談しました。
北の方は自分の目論見通り姫が典薬助と結婚したと思って、これで姫を邸に縛り付けることに成功した、とにんまりと笑いました。
その顔は口が耳まで裂けるのではと思われるほどにおぞましく、阿漕は目をそらしました。
「夫婦睦まじく文を交わして微笑ましいこと。手紙のやりとりくらいは大目に見てあげなくてはねぇ」
北の方は上機嫌で自ら納屋の鍵を開けてくれました。
その背中を阿漕は憎く、内心おかしくも思うのですが、気を抜けば気取られてしまいます。ここは何よりも慎重に事を運ばなければならないのです。

姫は阿漕が届けてくれた少将の手紙に真っ先に目を通し、愛しさのあまりに胸がいっぱいになりました。

君が上思ひやりつつ嘆くとは
   濡るる袖こそまづは知りけれ
(愛しい姫よ、あなたをどれほど思っているか。それは私のこの濡れた袖こそがよく知っているのですよ)

姫も心をこめて返事をしたためました。

 嘆くことひまなく落つる涙川
   うき身ながらもあるぞかなし
(嘆きのあまりわたくしの流す涙もいつしか川のようになって、その川に浮かべる憂き身が生きているのを悲しく思いますが、あなたに会えることを胸に耐え忍びます)

姫は典薬助の手紙などは見たくもありません。
典薬助の手紙には端に阿漕へ「代返しておくれ」と書いて打ち捨てました。
手紙にはこうありました。

せっかくの新婚初夜がふいになってしまったのは残念なことですが、私はよい夫となることでしょう。

老木ぞと人はみるともいかでなほ
   花咲き出でて君に見なれむ
(わしを老木と蔑むなかれ。愛しいあなたの為に必ず花を咲かせてみせましょう)

阿漕はこのなんとも下品な詠みぶりに辟易し、「助平爺め」と内心思っていたせいでしょうか、つい辛辣な歌を書いてしまいました。

 枯れ果てて 今は限りの 老木に
    いつかうれしき 花は咲くべき
(お前のように枯れ果てた老木なんぞに花など咲くものか)

和歌の秀逸なところは解釈のしようがいくらでもあるというところでしょうか。
典薬助は「老木でもいつか花が咲くでしょう」と姫が期待しているように解釈したので大喜びです。


再び今宵はどうして典薬助を躱そうかと阿漕が思案していると、臨時のお祭りで舞人に選ばれていた三の君の婿・蔵人の少将が明日の行列に加わるので、皆で見物に行こうという話が聞こえてきました。
北の方もすでに典薬助と姫が結婚したと思い込んでいるので一安心して出掛ける心積りのようです。
これはいつぞやの石山詣でのように邸が空になるわ、姫さまを救い出すには明日しかない、阿漕はうれしくなって早速右近の少将に手紙を書きました。
そして納屋に行くと、姫にあともう一晩の辛抱だと告げて、今宵は扉を開けさせぬよう中からも工夫してくださいと知恵を授けました。
姫は納屋にある木箱などを扉側に積み上げ、阿漕は引き戸の溝に見えないように棒を埋めて扉が開かないよう細工しました。
これで鍵が開けられても重い扉は開くことはないでしょう。
「お姫さま、もう少しの辛抱ですわよ。夜にまた参りますわ」
「阿漕、わたくしもがんばるわ」
阿漕はそうしてこっそりと落窪の間に行くと姫の手回りの品などをまとめてぬかりなく準備をしました。


夜になると典薬助はすぐに納屋にやって来たので、阿漕はまた物陰から見張っておりました。
北の方は安心しきってすでに高いびきをかいております。
典薬助がうきうきと鍵を開けて中に入ろうとするものの、つっかえ棒でもしてあるように、扉はぴくりとも動きません。
「姫さんや、この爺に意地悪するのはやめてここを開けてくだされ。わしらの結婚は大殿さまも御承知なんですぞ」
ほとほとと扉を叩いて訴えますが、姫は返事もせず、ましてや扉を開けることは決してないでしょう。
姫はただただ扉が開かないようにひたすら神仏に祈り続けておりました。

寒い冬空の下で長い間姫をかき口説いていたので、とうとう典薬助のお腹はきゅうきゅうと鳴り出しました。
「寒くてかなわん。これは、これは・・・」
たまらなくなった典薬助はお尻を押さえて厠へと走りだしました。
阿漕はおかしくて仕方がありませんでしたが、これでお姫様は安泰だとほっと胸を撫で下ろしました。
「お姫さま、典薬助は行ってしまいましたわ。今日はもうゆっくりとお休みなさいませ」
そう言う阿漕は朝まで納屋を見張り続けましたが、典薬助が戻ってくることはなく、とうとう待ちわびた日の朝を迎えたのです。





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