昔 あけぼの シンデレラ 令和落窪物語 第三十五話 第十一章(3)
あらすじ
平安時代に書かれた『落窪物語』は我が国色のシンデレラ。
令和を生きる方々に、わかりやすく解説を加えながら、創作部分もふんだんにリライトしました。
貴族の姫として生まれながら、意地の悪い継母に虐げられる日々を送っていたおちくぼ姫はとうとう愛する夫に救い出され、新しい生活が始まりました。
姫の夫の藤中納言は復讐の為に源中納言が新築した邸を横取りしてしまいました。
露見(ところあらわし)(3)
源中納言邸では北の方が気も狂わんばかりに大騒ぎしておりました。
「きっとおちくぼが生活に困って三条邸の地券を売ったに違いない。それをあの藤中納言が買って、また私たちに意地悪をしているのだわ。それなら邸が建つ前に知らせてくれればいいものを。なんて非道なことを。悔しい。呪ってやる!」
目が血走ってそのまま額に角でも生えてきそうな様相にさすがの主人も子供たちも慄きました。
さて、北の方には三人の息子がおります。
長男は受領(地方を治める官吏)となり、任国は越前だったので、越前守と呼ばれていました。
次男は出家し、法師となっています。
そして三男があのおちくぼ姫を慕っていた三郎君ですが、今はもう元服して五位を賜り、大夫(たいふ)と呼ばれております。
長男・越前守は数年の勤務を終えて今はこちらに戻って来ていたのですが、今回の騒動には肝を抜かれました。
大夫がなんとか母を宥めて落ち着かせたので、父に代わり越前守が藤中納言の元へ交渉に出掛けることになりました。
「地券もないのに家を建ててしまったのはこちらの落ち度ですから、せめて家具や道具類は返してもらいましょう」
この長男は物の道理を弁えているのです。
三条邸に着くと、藤中納言がくつろいだ様子で越前守の相手をしました。
すがすがしい美男子で直衣をしどけなく着崩している姿がなんとも艶やか。
越前守は身分の差を感じて圧倒されてしまって言葉も思うように出てこないのです。
「あの、こちらに運び込んだ家財類だけでも返していただけぬでしょうか」
「よろしいですとも。それでは明日源中納言と大夫も連れて必ずこの邸にお越しください。お話しせねばならぬこともありますので」
「明日ですか?」
「はい」
越前守は悪意のなさそうなその様子に首を傾げながら、三条邸を後にしようとすると、聞き覚えのある声に呼び止められました。
「お久しゅうございます」
そうして笑う美しい女に越前守は見覚えがありました。
「あっ、お前は阿漕ではないか」
「はい。藤中納言家では衛門と呼ばれております」
そういってお辞儀する衛門の衣装は素晴らしく、昔よりもずっと美しくなっているこの女房を越前守は眩しそうに見つめました。
「こちらを北の方さまにお渡しください。とても大切にされていたものですから」
越前守はまるで狐につままれたような心持ちで、いわれるままに側に控える女童・お露から箱のようなものを受け取りました。
これはなにかある、と感じた越前守は帰る道すがらいろいろと考えを巡らせました。そして阿漕がおちくぼ姫と一緒に失踪したことなど鑑みて、もしや藤中納言の妻がおちくぼ姫なのではないかと思い当たりました。
久しく良いことのない源中納言家ですが、今をときめく藤中納言が異母妹の夫ならば、なんと心強い親戚になろうか、と越前守はうれしく思いました。しかしながら彼は長く越前にいたので北の方がおちくぼ姫にしてきた数々の悪行を知らないのでした。
邸に戻り、越前守は家族たちの前で衛門から預かってきた北の方あての包みを差し出しました。
「おかしなこと」
包みを解いてみると、なんと昔おちくぼ姫から立派な蒔絵の鏡箱を取り上げた時に代わりにあげたうすらみっともない鏡箱が姿をあらわしました。
「これは。じゃあ、今までの仕打ちはおちくぼの仕業だったんだね」
北の方は怒りのあまり、また半狂乱になって騒ぎ立てました。
父の源中納言は年老いた目をしょぼしょぼとさせながら失踪した娘を思い出しておりました。
「あの子は娘たちの中で一番運の強い子だったのか。それをどうしてないがしろにしたのだろう。思えば三条はあの子が母親から相続したもの。おちくぼのものではないか」
源中納言は自分の行いを悔いました。
「こうなったら金になるものはすべて取り返して新しい邸を買うたしにしましょう。庭の木一本でも渡すものですか」
北の方は恐ろしい形相で叫びました。
越前守は母が何故それほどまでに憤るのかと不思議に思いました。
「なぜそのように他人行儀な言い方をするのです?私はことあるごとにまわりの人たちから『面白の駒』はお元気ですか、などと言われて心苦しい思いをしましたが、藤中納言のように立派な婿がいるなんて心強いではないですか」
すると弟の大夫(かつての三郎君)が大きな溜息をつきました。
「兄上、実は・・・」
大夫はかくかくしかじかと北の方がおちくぼ姫を虐めていたことを兄に話して聞かせました。
「母上、なんとあさましいことをしてくれたのか」
越前守は言葉を失いました。
大夫も昔のこととはいえ、あまりの恥ずかしさにどうしてよいのかわかりません。
「藤中納言は私も三条の邸に来るよう言われたのですよね。このような立場で私は合わせる顔もなく、恥ずかしいばかりです」
と、言うので、北の方はまた狂ったように叫びました。
「だって憎かったのだから仕様がないじゃないか。他の女が産んだ娘なんかかわいいものか」
越前守と大夫は暗い顔になり、源中納言は初めて知った事実に愕然とするのでした。
三の君と四の君は複雑な思いで話を聞いていました。
何しろ三の君は夫・かつての蔵人の少将を藤中納言の妹姫に奪われた形になってしまいましたし、四の君は藤中納言の策略で『面白の駒』と揶揄される愚鈍な醜男を夫としたからでした。
今にして思えばおちくぼの君を姉妹とは思わず使用人同然に扱っていたのですから、よもやおちくぼ姫のほうが身分の方が高くなるなどとは、とうてい考えも及ばぬところだったのです。
しかも自分たちが召し遣っていた女房達は軒並みあちらに移ってしまったということもきまりが悪い。
「ああ、恥ずかしい」
二人の姫は深いため息をついて己が身の上を呪いました。