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昔 あけぼの シンデレラ 令和落窪物語 第二十話 第七章(1)


あらすじ
平安の時代に書かれた『落窪物語』は、我が国色のシンデレラ。
令和を生きる方々に、わかりやすく解説を加えながら、創作部分もふんだんにリライトしました。
貴族の姫として生まれながら、幼くして母を亡くしたおちくぼ姫は、父の邸に引き取られ、意地の悪い継母に虐げられる日々を送っておりました。
怒りと嫉妬にまみれた北の方は実に意地の悪い作戦を思いつきました。
中納言に姫が使用人と不始末をしでかしたと吹聴したのです。
姫を監禁する大義名分を得た北の方はそれまでかぶっていた猫を脱ぎ去りました。
目の前が暗くなるようで、あまりの出来事に姫の心は暗く沈むのでした。

 北の方の悪だくみ(1)

北の方の心中たるや如何なるものか。
それはもうただただ抑えようもない嵐が吹き荒れるばかりです。
姫の相手を垣間見てその立派さを思い浮べるだけでも腹が立つのはやはり嫉妬からなのでしょう。
蔵人の少将はたしかに悪くはない若者ですが、あのおちくぼ姫の相手に比べると見劣りしてなりません。
その不毛な敗北感はやはりとうの昔に死んでしまった姫の母君へ向けられたものからでしょうか。
どうにも詮無きことにこだわる北の方ですが、この人の器はこの程度、今はただあの姫が憎くてどうにか虐げてやろうということばかりが心を占めているのです。
負のスパイラルにはまり込んでいる人はそれと気付かないものなので、自分が人を呪って負うリスクなどは何も考えられないのです。
その心はますますどす黒く染まってゆくのでした。
どうして許せるものだろうか。
あんなみすぼらしい小娘にだしぬかれるなんて。
自分の部屋に戻った北の方はいろいろと思案して、にんまりと意地の悪い笑みを口元に浮かべました。

翌朝少将が帰った後に姫は大急ぎで礼装の袴を縫い上げてしまいました。
北の方は出来上がっていなければそれこそ酷い目に遭わせてやろうと思っていたのであてが外れましたが、初めから許す気など毛頭ないのです。
夫の部屋へ行くとわざと憔悴したような表情を作り、訴えました。
「大殿さま、おちくぼの君が大変なことをしでかしました。親の私たちに黙って男をこっそりと通わせていたんですよ。しかもその相手は帯刀の惟成です。あの賤しい下男ですよ」
そこで大きな溜息をひとつついて涙を浮かべれば夫はイチコロなのです。
「蔵人の少将に、使用人と合婿か、と皮肉を言われて、これほど恥ずかしいことはございませんわ」
嘘を真のように吹き込んで、姫が身分の賤しいものと契りを交わしたと中納言に思わせました。
「合婿」とは、義理の兄弟ということなので、蔵人の少将は自らの使用人と義理の兄弟になってしまったと不快に思っているという意味なのです。
一番大切にしている婿に恥をかかせて、中納言は怒りのあまり顔を真っ赤にしました。
「あなた、お怒りはごもっともですわ。でもここで事を荒げては他の姫や婿君たちに疵がつくのですよ。ここはおちくぼの君をどこかに監禁して男と別れさせてはいかがでしょう?」
まったく妻の言いなりであるこの人はそれがよかろうと頷きました。
「どこへなりとも閉じ込めて飯も与えるな。なんとふしだらな世間体の悪ことをしでかしたものか」
夫の言質をとった北の方はそれまでのしおらしい仮面を脱ぎ捨てたように着物の裾を翻して落窪の間へ揚々と乗り込んだのです。
「おちくぼ、出てきなさい。大殿さまが他所からお前が不始末をしでかしたと聞いてきたのだよ。お前に男がいたことなんてはなからお見通しなんだよ、親を馬鹿にして。もう好き勝手はさせないからね」
そう言うと北の方は鬼のような形相で荒々しく姫の着物を掴むとそのまま引き立てるように姫を従わせました。
女人とは思えない腕力に小柄な姫は逆らう術もありません。
何事かと驚いた阿漕は北の方にとりすがるように懇願しました。
「北の方さま、如何したと仰るのでしょう。お姫さまが何をされたというのです?何かの間違いでは?」
「『姫』といったか?このおちくぼを。姫などであろうはずもない。お前こそこんな女を大切にして三の君をないがしろにするとは不届きな。そんな使用人に用はないから出てお行き!」
足蹴にせんばかりに猛る北の方に阿漕は恐れおののきました。
一体姫を如何するつもりなのか。
引きずられながら涙に濡れて振り返る姫君を見て阿漕の目の前は真っ暗になりました。
北の方は中納言の前に姫を引き出しましたが、父親は娘を見ようともしません。娘が身分の低い使用人と愛し合ったと聞いて汚らわしく感じられるのでしょう。
姫は弁明をしようにもその機会を与えられないのです。
「顔も見たくないからさっさと連れて行け」
吐き捨てるように言われて、姫は自分が恥ずかしくなりました。

人を愛するということはそんなにいけないことなのであろうか。
よく考えて結婚しなさいと言ったのはこの父であるのに。

数々の矛盾や複雑な思いが渦巻いて、それでも父親に汚物のように扱われたのが何よりも悲しい姫なのです。
そうして何も考えることもできないままに粗末な納屋に押し込められてしまいました。
「これでもう二度と男とは会えまい。そのうち男もお前のことなぞ忘れてしまうだろうよ」
堅く錠をさされた扉の向こうで北の方は冷たく言い放ちました。そして誰も近づけないように厳つい下男を扉の前で見張らせたのです。
おちくぼ姫は、もう二度と少将さまとお会いできないかもしれない、そう思うと哀しみが込み上げてきて、絶望の淵を覗きこまずにはいられないのでした。





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