見出し画像

昔 あけぼの シンデレラ 令和落窪物語 第二十八話 第八章(3)

 あらすじ
平安の時代に書かれた『落窪物語』は、我が国色のシンデレラ。
令和を生きる方々に、わかりやすく解説を加えながら、創作部分もふんだんにリライトしました。
貴族の姫として生まれながら、意地の悪い継母に虐げられる日々を送っていたおちくぼ姫はとうとう愛する夫に救い出され、新しい生活が始まりました。
夫である右近の少将はあの意地の悪い継母に絶対復讐しようと心に決めておりました。
折しも四の君との縁談が持ち上がり、少将は似ても似つかない花婿をしたてて恥をかかせます。

  四の君の結婚(3)

数日は瞬く間に過ぎ、四の君の婚礼の夜がやって来ました。
中納言邸では右近の少将をもてなそうと邸中を飾りたてて準備万端。
まさか忍んでくるのが兵部の少輔とも知らずに歓迎ムード一色です。
そして立派な牛車が中納言邸に着けられ、背の高い貴公子が降り立ったのでした。
闇に包まれた中で、青年の焚き染めた高雅な香りが辺りに漂います。
顔は見えませんが、上質の絹の衣擦れと颯爽と姫君の部屋に向う背の高い様子に女房達もこれが噂に名高い右近の少将か、とささやき合いました。
「上品で素敵な方ですわね」
「さすが身のこなしも洗練されておりますわ」
女房達の溜息まじりの言葉にご満悦なのは北の方です。
とうとう当代一の婿を迎えたかと思うと意気揚々なのです。
「ねぇ、あなた。女房達も褒めそやしておりますわ」
「うむ。左大将さまとの縁もできたことだし、これで大納言への道も開けたも同然」
中納言も老いて身の栄え、とばかりに誇らしく胸を張っております。

こうして兵部の少輔はめでたく四の君と結婚し、まだ夜の明けきらぬ前に帰っていきました。
右近の少将は無事に少輔が四の君と結婚したと考えて手紙を送りました。
なんとも言葉巧みにこう書いたのです。

親愛なる少輔へ
昨晩は無事に結婚することはできたかね?
世間では朝別れた恋人に後朝の文というのを贈る習慣があるが、もしもまだ君がそれを書いていなかったら、当世風の洒落の利いたものをご紹介しよう。

 世の中にけふのけさには恋すとか
     聞きしにたがふ心地こそすれ
(世間では後朝の朝には相手を愛しいと思うようですが、実際にはそうでもないのですね)

兵部の少輔は和歌が苦手でその判断に頭を悩ませましたが、当代一と言われる右近の少将が言うことなので素直にそのままを書き写して送りました。

後朝の文を待ちわびて姫が気に入られたかどうかが気になる中納言と北の方は届けられた手紙を即座に開きましたが、そこにある文言に絶句してしまいます。
「これは当世風の若者らしい恥じらいを表した手紙ですわね。その言葉の裏には恋よりも深い愛を感じた、という意味ですわ」
北の方がそう取り繕ったので、中納言はそんなこともあるか、と胸を撫で下ろしました。
しかし北の方は本当にそうであるとは考えておりません。
三の君を呼び寄せるとその手紙を見せて意見を聞きました。
さすがの三の君も驚きましたが、いくらなんでもこんなにあからさまに女人に恥をかかせることは普通の殿方ならばしないでしょう。
しかも相手は当代一の貴公子と言われる右近の少将なのです。
「お母様、これは風流に乗っ取って逆のことを表したのではないでしょうか。普通ではあまりにつまらないですもの。照れ隠しといいましょうか・・・」
「ともかくこの手紙を四の君に見せるべきではないわね」
些か腑に落ちないところもありましたが、陽が暮れると婿はまたすぐにやって来たので、北の方はやはり三の君の言うことが正しかったと思わずにはいられません。
「一流の方のなさることはさもあらん、というところでしょう。何しろ気の向かないところにはやって来ないでしょうからね」
そうして機嫌を直したのです。
しかし当の四の君ははっきりと姿の見えない宵闇で夫となった人との交わす言葉に違和感を拭えませんでした。
受け答えに変な間があったり、どうにも愚鈍な印象を禁じ得なかったからです。それでも相手は照れているのかと無理やりに自分を納得させて従うのでした。

そしてとうとう成婚となる三日目の夜がやって来ました。
右近の少将とおちくぼ姫が結婚した時に書きましたが、新婚三日目の夜に『露見(ところあらわし)の儀』という宴が設けられます。
そこで婿を親戚や近しい人たちに披露することになるのですが、三日目の晩に案内されて広間へ入ってきた人の顔を見て一同はどよめきました。
「これは、これは。少将(しょうしょう)ではなくて少輔(しょう)の聞き違いでしたな。なんと『面白の駒』を婿にされたか」
その一言で場はどっと笑いの渦に巻き込まれました。
中でも一番大笑いしていたのは三の君の婿・蔵人の少将です。
「いや、これは参った。『面白の駒』が手綱を切って逃げてきたような風情ではないか」
と、涙を流して笑い転げています。
少輔はなぜ皆が笑うのか見当もつきませんでしたが、いつでも顔を笑われてきたので卑屈に身を縮めました。
源中納言はあまりの衝撃に口もきけず、羞恥と激怒で宴会場から出て行ってしまいました。
驚愕の事実を知った北の方は戦慄し、何も知らずに結婚してしまった四の君を不憫に思うのばかりです。

新婚三日の朝を迎えた四の君は共に朝を迎えた夫の姿を初めて見てわななきました。馬面の長い顔に品の欠片もないだらしない口元にはよだれが滴り、鼻の穴はすぅすぅと、人が出入りできるほどに大きく見えます。
どうしてこのような人を夫としたのか・・・、四の君は自分の運命を呪わずにはいられませんでした。

中納言は少輔と四の君を別れさせたいと思いましたが、今別れさせると世間的に四の君が『面白の駒』に捨てられたという格好になり、体裁の悪いことだと我慢せざるを得ません。
そうこうしているうちに、よほどこの二人は強い縁で結ばれていたのでしょうか、四の君に懐妊の兆しが現れたのでした。

四の君の結婚のことはやがておちくぼ姫の耳にも入り、姫は夫の仕業かと胸を痛めましたが、ここにこうして生きていることさえ知らぬ中納言家の人々にどうしてあげることもできません。
そうして源中納言家がみっともなく世間に笑われておちぶれてゆくほどに二条邸は新しい女房も増えて華やかになり、右近の少将は昇進して三位の中将と呼ばれ、ますます威勢は強くなるのでした。


さて『露見』の宴で散々兵部の少輔を笑っていた三の君の婿・蔵人の少将ですが、世間から『面白の駒』の合婿(=あいむこ・義理の兄弟)として自分も笑いものにされるとは思ってもみなかったことで、蔵人の少将は怒りのあまり三の君に通うのをやめてしまい、中納言家では自慢の婿を失ったと意気消沈しております。
三位の中将はこれで意に添わぬ者と結婚させられる苦しみを味わったか、と内心北の方に問いかけましたが、それだけで復讐心は収まりません。
これは典薬助をけしかけた北の方への報復だったのです。
それにしてもお気の毒なのは四の君。
親の愚かな行いが子供に降りかかって来るとは、因果応報にしても過酷な運命と言わざるを得ません。





この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?