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【介護】皿洗いのトラウマと、神経質な母との関係の整理
文章力養成コーチの松嶋です。両親の遠距離介護をしています。たまに実家で料理をすると、母が
「有香はいつからこんなに料理上手になったの?」
と聞いてくる。そう、私は結構料理が得意。
「一人暮らしするようになってからかな」
私はとぼけたようにこたえる。
「家にいるころは一切しなかったのにね」
と母。でも、しばらくして、思い出したように言う。
「私がさせなかったんだわ……」
介護が必要になった今でもそうなんだけれど、母は自分の台所は自分のテリトリーであるようで、そこに人が入ることを好まない。しかも、細かい性格の母は、料理の手順、食材の切り方なども決めているらしく、私が少しでも違うことをすると、「そこは違う」と注意する。そう、ずっと横に立って見張っているのだ。昔からそう。しつけるつもりではないらしかった。それならその方がよかったのに、「違うことをしてほしくない」という感じだったのが、私はとてもいやだった。だから私は、子どものころ、お皿洗いもしたことがなかった。ずっとしてみたいと思っていたお皿洗い。
お皿洗いの2つのトラウマ
小学6年生のある日、産休で休んでいた先生がクラスの女子数人を家に招待した。私は(3度目の)転校をしたばかりで、その先生のことも転校初日に会ったきりだったのだけど、友人に誘われて遊びに行った。そこでお台所に、私たちがケーキを食べた後の洗っていないお皿があったので「先生、洗ってもいい?」とお願いして洗わせてもらった。「いつも家でやっているから大丈夫」ウソだ。
念願の皿洗い。でも、私は洗い方を知らず、適当にしていたら、先生に「洗剤が残っていると赤ちゃんの体に悪いから、よくすすいでね」と言われてやり直しになった。この先生は教育者として良い指導をしたと、今では思うけれど、当時の私は自分のすすぎそびれた洗剤が、赤ちゃんを殺してしまうかもしれないと感じ、とても怖かった。今でもすすぎには慎重だ。
同じく小学校の時、家庭科の宿題で「家事」があった。家のお手伝いを何かしようというもの。私は妹を誘って皿洗いをした。狭い台所だったので、その間、母はとなりの居間でテレビを見てもらうことにした。すっごくいいアイディアだと思った。隣の部屋にいれば「違う」って言われずに済むから。
ところが帰宅した父が、その光景を見て、なぜか怒り狂い、母に「子供たちが皿洗いをしているのに、お前はテレビか!?」と怒鳴った。私たちまで叱られたような気分になり、震えた。母は「私がやるから」と台所に戻ってきた。「でも宿題なの」と言った私に「いいから」と制し、母は私たちの作業の続きをした。
その2つが小6。その時期以降、私は、台所に立たなくなった。
20歳になって家を出るまで、私は母の留守の時以外には台所に立っていない。たまに母の気分の良い時に「手伝うよ」と手伝っても、手順が「違う」と言われてイヤな気持ちになった。
例えば、梨の皮を、剝いてから切るか、切ってから剥くか
その皮をまな板のどこに置いておくか
どのタイミングでその皮を生ごみ入れに捨てるか
どのタイミングで手を洗うか
何で洗うか、何で拭くか
剥いたあとの梨を、どのお皿を使って盛り付けるか
お皿の向き、梨の向き、フォークをどこに添えるか
全部決まっていた
少しでも違うと「あーあ」とか「違う」とか横から言われる
何度となく「じゃあ、自分でやれば?」と言って立ち去ったことがある
母も性格なんだろう
でも直そうとしなかった
そしてそれは介護が始まった今でも続いている
腰が痛くて立っていられないので
皿洗いは、だんだんと任せてくれるようになってきた
唯一、母の知らない料理は、母が口出しをしないということを発見し
時々そういう料理を作る
が、準備中と片付けはどこかで見張られている気がして
私はいつも憂鬱な気分になる
介護を始めて、私はこの家の何がいやで一人暮らしを始めたのか時々思い出している。そして、だんだんと、母も仕方がなかったのかもしれないと思えるようになってきた。自分の吃音も、チックも、全部母のせいだと思っていたけれど。
お皿洗いだけでなく、ありとあらゆることにルールがあった母。そうしなければ生きてこられなかったかもしれない戦後の環境、そして今、母の思い通りになんてならなくなってしまった認知症の父。そんなことに思いを馳せながら、私は部屋の整理などを手伝っている。母は見張ってはいるけれど、体力的に自分ができないことばかりなのでさすがに黙っているし、私も勝手に整理したりせず、一つ一つ母に聞いてから片付けている。
私は、介護を通じて、母との過去を整理しているのかもしれない。