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行きつけの銭湯と半額だった秋刀魚の日。

最近、体調が芳しくない。おそらく、ここ数週間土日祝日も仕事があって、あまり休めていないのが原因だと思うのだけど、平日に休むって結構、私にとっては難易度が高い。

平日は大体の人が働いているから、メールやslackなどの通知が来る。みないように、と思いつつ、ついついみて返信をしてしまう。

達成欲が強い私は、タスクを早く完了させたくて仕方ない病を持っているので、もうこの反射的な反応は仕方ない、と諦めている。

と言いつつ、頭痛と身体のだるさを引きずっていた今日は、いつもよりゆったりめに過ごしつつ、夕方に、身体を回復させるために銭湯へ行くことにした。

私にとって銭湯は、自分自身を解放させてあげられる場所。大きくってあつーいお湯に浸かって、頭を空っぽにしてぼーっとする時間に、ずいぶん救われてきた。

行きつけの銭湯は、露天風呂の種類が多くて、サウナもあって最高なのである。でも、私はいつも決まって入る場所があって、そんなにたくさん銭湯内を移動をしない。

いつも勿体無いなあと思いながらも、おんなじ場所に入る。自分でも不思議。

湯船に浸かった後は、今年の3末でビンが終了してしまうと噂の明治のコーヒー牛乳を買う。お風呂上がりのビンで飲むコーヒー牛乳が大好きだったから、少し寂しい。

仕方ないことだと思いつつも、こうやって、昔はあったものが消えていってしまうのか、と思う。飴のチェルシーの生産が終了した時も、思った。

お母さんとお父さんがよく言っている「あの頃は…」ということを私もいずれ、言うようになるのだろうか。

銭湯内で少しゆっくりして、小腹が空いたからお家に帰る。最近、食べ過ぎてしまっているので、自制しようと頭を捻った結果、数日前に半額で買った秋刀魚の存在を思い出して、21時頃から秋刀魚を焼き始めた。

ちょっと夜遅めのスーパーに行って、買い物をするときにいつも思う。半額になっている魚や貝たちは、このまま捨てられてしまうのだろうか、と。

海で泳いでているところ、網で捕まって、本当はもう少し生きられたかもしれないのに、誰にも買われないで、命を終えていってしまうのだろうか。

それは、あまりにも悲しくないか、と思うと、半額の魚や貝たちを手に取ってしまう。

今日食べた秋刀魚も、1匹だけ、半額シールが貼られていて、でポツンと残っていたもの。私のどこかのランチ(秋刀魚定食)にしようと思って買ったのだけど、小腹が空いたことによって、本日の夜にいただくことにした。

網で捕まえても、スーパーで売られてても、私が食べても、命を消費している、ということは変わらないのだけど、この秋刀魚は、私のエネルギーとしてちゃんと取り込むことができた。ありがとう、そしてご馳走さま、秋刀魚。美味しかったよ。

疲れで体調は万全ではなかったけれど、行きつけの銭湯と、半額だった秋刀魚によって、私は少し元気になったのである。

今日も、さまざまな周りのものたちに支えられている。

おやすみなさい。

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