フィードバック探索行動を職務能力の向上に結びつけるためには、経験の振り返りが不可欠なプロセスである。
皆さんは、フィードバックをどれくらい、周囲の人に求めているでしょうか?組織開発の世界では、フィードバックを周囲に求める姿勢のことを、フィードバック探索行動、と言ったります。
今回は、仕事におけるフィードバック探索行動が職務能力の向上にどのようにつながるかを研究した論文をまとめていきます。
論文名:フィードバック探索行動が職務能力の伸長に結実するとき ─経験の振り返りの媒介効果と動機の調整効果の検討─ 宮本知加子さん、池田浩さん
研究目的
職場内でのフィードバック探索行動が職務能力の伸長に与える影響過程として、経験の振り返りを媒介するという仮説モデルを再検証すること、さらに、媒介分析の各変数間の関連の強さは、動機によってその効果が調整される可能性について検証すること。
フィードバック探索行動とは
フィードバック探索行動(feedback-seeking behavior)とは、“価値ある目標状態を実現するために、自らの行動の正しさと適切さを判断することに向けた意識的な努力 ”(Ashford,1986,p.466) と定義される。具体的には、上司や同僚に質問するなどして積極的にフィードバックを求める、あるいは手本となる同僚の話を聞く、観察することで自分の行動を変えようとすることである(Ashford,1986)。
フィードバック探索行動の先行研究
フィードバックを積極的に求める人の特徴や、個人要因に関する先行研究には以下のようなものがある。
例えば、フィードバック探索行動を行う動機(e.g., Ashford,
Blatt,& VandeWalle,2003) や目標志向性(vander Rijt,Van den Bossche,Van de Wiel,Segers,&Gijselaers,2012)、 パーソナリティ(Krasman,2010)などである。さらにフィードバックを求める相手のリーダーシップスタイルの違いや信用(Anseel, Beatty,Shen,Lievens,& Sackett,2013)、成員が組織の一員として加入して適応を目指す場面
(Ashford, De Stobbeleir,& Nujella,2016)に関するものがある。
自己について肯定的なフィードバックを求めたとしても、パフォーマンスに結実しないという報告もある (Ashford & Tsui,1991)。 先行研究の中には、フィードバック探索行動が必ずしも職務能力の伸長に向けた行動ではないと指摘した研究もある。例えば、肯定的なフィードバックを求めるのは、自分の改善点を特定しようとしているのではなく、正しい軌道に乗っているかを確認しようとしていると示したものがある(Gong, Wang,Huang & Cheung,2017)。
また、自らのネガティブフィードバックを求めるのは、上司から学習をサポートしてもらうためであり、その結果パフォーマンスが向上するとの報告がある(Gong et al., 2017)。
これらの先行研究には2つの課題があるとこの論文では述べている。
1 つ目の課題は、フィードバック探索行動のアウトカムは、主に組織の側から見たパフォーマンスとの関連性について検討しており、フィードバック探索行動が成員の職務能力の伸長にどのように結実するか十分に明らかにされ ていない点。
2 つ目の課題は、自ら得たフィードバック情報が職務能力の伸長に与える影響について、どのような プロセスを経たのかを明らかにされていない点。
※本研究では、日々の仕事経験の中で求めたフィードバックとの関わりを検討することから、職務能力の伸長を「成員が職務において必要となる知識やスキルを獲得すること」と定義する。
仕事経験と職務能力の伸長
古川ら(2002)は、コンピテンシー(competency:業務直結能力)に着目し、コンピテンシーは、学習できるものであり、それは経験をもとになされること、その経験は、行動、結果、およびそれらの間のプロセス(経験がなされる文脈も含まれる)の3つによって構成されること、コンピテンシーの学習は、単に経験の有無ではなく、経験について意識的に継続的に振り返り、「経験を通して学習する習慣」を持つことで促進されると指摘している。
中原(2010)は、職場における他者から受ける支援のうち、「内省支援」が「能力向上」の要因として最も強い影響をもつと指摘している。
これらの先行研究から、職務能力の伸長には、自分で、あるいは、他者の支援を得ながら経験を振り返り、学習を習慣化することが必要であると理解できる。
フィードバック探索行動と経験の振り返り
フィードバック探索行動は、仕事経験をもとに上司などに質問するなどして自らの行動を変えようとすることであるため、フィードバック内容をもとに 内容を咀嚼し、何らかの教訓を引き出していると考えられる。そのため、Kolb(1984)が提唱した「経験学習モデル(experiential learning model)」で説明できる。
振り返り(reflection)とは、自分の行動や言動、 内面の傾向を振り返り、改善点を見つけ出すことである。
田中・池田・池尻・鈴木・城戸・土屋・今井・山内(2021) は、若年労働者のプロアクティブ行動が職務能力の伸長に与える影響について、振り返りの媒介効果に着目した実証研究を行っている。この研究によると、フィードバック探索行動は、職務能力の伸長への直接効果をもち、さらに、振り返りが部分媒介することを明らかにした(田中ら,2021)。
つまり、フィードバックを求める成員は、フィードバックで得られた情報をもとに自らの経験を咀嚼して教訓を得ながら、 職務能力の伸長へと繋げていることが分かる。
フィードバック探索行動とその動機
フィードバックを求める場合でも、必ずしも職務能力の伸長のために行っているのではなく、印象を良くしようとしたり、自分の仕事成果を認めてもらうこと自体がそのフィードバック探索行動の動機となっている。
自己のパフォーマンスを他者に誇示する動機、つまり自己高揚動機でフィードバック探索行動を行っているとすれば、たとえ他者からのフィードバックを受けたとしても、十分な職務能力の伸長は見込めないであろう。他方、自己の 改善や職務能力の伸長を目的とする、自己学習動機 でフィードバック探索行動を行っているのであれば、フィードバック情報によって効果的に経験を振り返り、職務能力の伸長に繋がる可能性がある。したがって、以下の仮説を導いた。
仮説
仮説 1:フィードバック探索行動は、経験の振り返りを媒介して職務能力の伸長に繋がる効果を持つ。
仮説 2:自己高揚動機は、フィードバック探索行動から職務能力の伸長への影響を調整しない。
仮説 3:自己学習動機は、フィードバック探索行動から職務能力の伸長への影響を調整し、職務能力の伸長への効果を高める。
研究の方法
対象:日本国内の複数の職場に勤務する従業員
データ収集:アンケート調査を実施し、フィードバック探索行動、経験の振り返り、動機、職務能力の自己評価について回答を得た。
分析手法:統計的なモデルを用い、媒介効果や調整効果を検証。
※手法の詳細は割愛しています。詳細を見たい方はぜひ論文をご覧ください。
結果と考察
仮説 1:フィードバック探索行動は、経験の振り返りを媒介して職務能力の伸長に繋がる効果を持つ。 →支持された。
フィードバック探索行動が職務能力の向上に直接的に寄与するだけでなく、その効果が経験の振り返りを通じて間接的に強化されることが統計的に示された。特に、振り返りを行うことで、得たフィードバックをより深く理解し、自身の業務遂行能力向上に役立てられることが確認された。
仮説 2:自己高揚動機は、フィードバック探索行動から職務能力の伸長への影響を調整しない。→不支持であった。
自己高揚動機(自己を肯定的に見せたい、他者からの評価を高めたいという動機)は、フィードバック探索行動と職務能力の伸長との関係には有意な調整効果を持たないことが確認された。これは、自己高揚動機が主に外発的な目的に基づくため、フィードバックの実質的な活用には結びつきにくいことを示唆している。
仮説 3:自己学習動機は、フィードバック探索行動から職務能力の伸長への影響を調整し、職務能力の伸長への効果を高める。→支持された。
自己学習動機(成長や学びに対する内発的な意欲)は、フィードバック探索行動の効果を強化する重要な調整要因であることが確認さた。自己学習動機が高い人ほど、フィードバックを積極的に活用し、その結果、職務能力がより効果的に向上する傾向が見られた。
この研究から、フィードバック探索行動を職務能力の向上に結びつけるためには、経験の振り返りが不可欠なプロセスであることがわかりました。
自己高揚動機は、フィードバックの実質的な活用には影響を与えにくいが、自己学習動機はその効果を大きく高める。これは当たり前っちゃあ当たり前かもしれませんが、「やっぱりそうだよね」を根拠と共に示せるのが研究だなと思います。
つまり、職場環境や研修設計では、共に働くメンバーの自己学習動機を引き出す仕組みが重要です。自己高揚動機でフィードバックを求めてくる人には、そもそも本当にフィードバックをあなたは必要としているの?というフィードバックが必要かもしれませんね。