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<芸術一般及び書評>『チャタレイ夫人の恋人』とD.H.ローレンス


チャタレイ夫人の恋人

 昔、英文科の学生がD.H.ローレンスを「ド・エッチ・ロレンス」と呼んでいたごとく、D.H.ローレンスは、たんなるセンセーショナルな性を描いた作家と間違われている(ただし、21世紀に入ってからは、この作品に対する研究成果を反映した人文科学的見地から作成された映画が出ており、ローレンスに対する認識はようやく正常なものになってきた感がある)。

 もしローレンスが性的であるというなら、ローレンスの後に出現したヘンリー・ミラーの『北回帰線』、『南回帰線』こそ、ローレンスに与えられた名称がより相応しいと思うが、なぜローレンスのみが不当な「性」のみを持って悪意を持って理解されてきたのか(日本の戦後にあった「チャタレイ裁判」がその象徴的事件でもあった)、それは、ローレンスが「性」をたんなる小説の小道具として使おうとした、彼の考えるところのテーマ=思想が、20世紀の文明社会では危険であることを、いわゆる常識ある人たち(サン・テグジュペリ言うところの「大人・グローウンアップ」)が看取したからではないかと思っている。

『チャタレイ夫人の恋人』の冒頭の文章をよく読んでほしい。
 
「現代は本質的に悲劇の時代である。だからこそわれわれは、この時代を悲劇的なものとして受け入れようとしないのである。大災害が起こり、われわれは廃墟の真っただなかにあって、新しいささやかな棲息地を作り、新しいささやかな希望をいだこうとしている。それはかなり困難な仕事である。いまや未来に向かって進むなだらかな道は一つもないから、われわれは、遠まわりをしたり、障害物を越えて這いあがったりする。いかなる災害が起こったにせよわれわれは生きなければならないのだ。」(伊藤製訳、伊藤礼補訳、新潮文庫から)

 1928年という、第一次世界大戦が終了して(文中に言う「大災害」とはこのことだろう。)、そして次なる世界大戦の可能性が徐々に高まっている中で、ローレンスは「いかなる災害が起こったにせよ」とまるで予言のように記しているが、それでも「われわれは生きなければならない」と力強く述べ、現に第二次世界大戦を経験した我々は、とにかくも生き延びている。


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